小説

□わたしの名を呼ぶ人
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 シュラの『保護者』というのは、本当の親ではない。当然だ。本当の親はみんな子供を残して死んでしまうのだから。クロナを育ててくれたママも、本当の親ではなかった。
 十数年前にその『保護者』がどこかから子供だったシュラを連れて来て、それからはずっと二人で暮らしていた。『保護者』は他の青の人間たちと、この世界の北方にある『鉱山』に行っては資源を運び出してくるという仕事をしていたそうだ。成長してからはシュラも時々その仕事に参加していた。
 この世界が何年前にどうやってできたのか、その詳しい起源は曖昧だが、地上の高度な文明の技術によって雲の上の塔の世界は創られたと言われている。その高度な文明の遺産、言いかえればもはや用途もわからないような廃棄物が残るのが『鉱山』と呼ばれる領域だ。『鉱山』は何年も前に巫女によって封鎖されたはずだが、青による盗掘のようなことはずっと行われていたらしい。
 半年ほど前に原因不明の病が流行し、たくさんの青が死んだ。その中に、シュラの『保護者』もいた。『保護者』が病に冒されてから、シュラは盗掘に行くこともなくなり、『保護者』と共に姿をくらませて、タンタラムと顔を合わせることも少なくなった。どこで何をしているのかは知らなかった、とタンタラムは言った。
 きっとその頃、『保護者』を助けるためにシュラは奔走して、そして赤の領域に現れたのだろう。
 薬どころか流行病があったことすらクロナは知らなかった。死人は誰も墓地に運ばれてはこなかった。
 唯一鮮明なシュラの姿の記憶、墓地に佇む一本の細い墓標のような寂しげな後ろ姿を思い出すと、胸が小さく痛んだ。
 タンタラムの知るシュラは、どちらかというと無口で不器用で、あまり狡猾な知恵が働く人間ではなかったという。周りにいるのはほとんど大人ばかりだったが、ひとりだけ同い年くらいのイオという友人がいて、よく一緒にいた。幼いころからの腐れ縁のようなものだったという。
 クロナには同年代の友達のというのがいなかったから、それを聞いてシュラのことを少し羨ましく思った。イオという人のことを語る時のタンタラムの顔が心なしか苦々しかった気がしたが、あまり感じのいい人ではないのだろうか。
「……えっと、ここの三階の北側だっけ」
 最上階から数えて三つめの階。タンタラムに教えられた道順を辿っていくと、ちゃんと言われた通りの橋があった。
 タンタラムと会った辺りの塔には電力が来ておらず、夜になると真っ暗になってしまう。そのため、タンタラムが道を見に行っている間に電力がまだ生きている辺りまで移動しておくように言われたのだ。この辺りに青の人間が比較的大きなコミュニティーを作って、工業などを行いながら暮らしている所があるらしい。
 真上にあったはずの太陽はいつの間にか西に傾き、空も雲もぼやけた金色に染まっていた。滲みだす薄紅色が塔の壁面に反射して無数の光の筋を散らす。
 夜になる前に言われていた塔に着くことができ、適当な場所に腰をおろしてようやく一息ついた。
 青の領域をずっと歩いて来て思ったが、赤の領域に比べて塔の数は多いのにどこもかしこも酷く殺風景で閑散としている。相変わらず人とも会わないし、生活感もない。タンタラムと待ち合わせているこの塔も、周囲の塔に比べてひと際大きくて目立っているけれど人の気配は感じられない。剥き出しの配管の隙間から薄汚れた蛍光灯が冷たい灰色の光を寂しげに落としているばかりだ。風が塔の隙間を流れる音しか聞こえない静謐に、チリチリと蛍光灯の震える音が雫のように落ちてくる。
 こんな場所で、シュラはどんな生活をしていたのだろう。
「……退屈だな」
 こんな寂しげで寒々しい場所でこれから何時間もひとり待ち続けることを思うと気が滅入った。
 なんとなく窓の外を見てみる。タンタラムと別れてから迷わずここまで来たから、一時間も経っていない。道がわかろうがわかるまいが朝には戻ってくると約束してあるが、タンタラムが戻ってくるまで多分しばらくかかるだろう。少しくらいここを離れても大丈夫、すぐ戻ってくればいい。


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