小説

□NORAR
4ページ/7ページ



 
 僕様は生きている。生きている人間の命を維持するには必要なものがある。
僕様はタブレット型の栄養剤を瓶いっぱいに持ってきていた。一錠でとりあえず死なないだけの栄養を摂取できる優れものだそうで、その説明からしていかにも不健康そうなシロモノだった。
他の人がいるところに行けばこれよりも少しはマシなものが手に入るかもしれないと思ったが、多分彼らが口にしているものもこれと大して変わらないだろうと思い直した。
「お腹すかないの?」
「腹が減っても死にはしない」
「これがなくなったら」
「死ぬだろうね」
「だよね」
 つまり新たな食料が手に入らなければ、僕様が生きられるのは一瓶プラス数日分の時間ということ。それまでに何かしら確保する必要があるわけだけれど、切羽詰まった様子が微塵もない僕様を見ていたら、私が僕様の顔を見ていられるのはあと一瓶プラス数日分の時間だけなんだなあと悟ってしまった。
 僕様は傍目には至って無為に時間を過ごしていた。寝る、ゲームする、散歩する、バルコニーで日向ぼっこ、そんな日常の繰り返しだ。つまり私の日常とほとんど同じ。この廃墟の中ですることなんてそんなことくらいだ。
 たまには気分転換しようと、私はひとりでふらりと出かけた。私がいなくて僕様が寂しがってはくれないだろうかと淡い期待を抱きながらも、次の瞬間には「別に」と一蹴する声も表情も目の動きも頭の中で再現してしまって、「ああ私は本当にあの人に毒されているなあ」としみじみ思った。
「ただいま」
「ここは僕の家。君の家はあっち」
「そう固いこと言わないで」
「……何持ってんの? それ」
「ケムリ、パクってきた。いらない?」
「……さんきゅ」
素っ気ない僕様もこれには素直に喜んだ。いい気持ちになれる魔法のケムリ。入手経路は秘密だが、その気になって探せばたまにはこんなものも手に入る。
 火をつけたらもくもくと立ち上る煙に包まれていると、お風呂に浸かってるみたいに頭の中がぽわぽわとして浮遊感のある幸せにとろけそうになる。
「……あのさ」
「なあに?」
 私と同じぽわぽわした顔をして、僕様がぽつりと言った。
「僕、夢があってさ」
「夢?」
私は僕様が初めて自分のことを話してくれたことに飛び上がらんばかりに驚いた。
「シェルターのスイッチを押してやりたいんだ」
「何それ? それ押したらどうなるの?」
「シェルターの全機能が停止する。それだけ」
「そんなスイッチ、どこにあるの? というか、あるの?」
「さあ」
 ケムリのせいもあってか、自分で言っているくせに僕様はどうでもよさそうにぽわぽわしていた。


 シェルターは、戦争から人が逃れるために建設された施設で、この世界にいくつもある。世界が滅びる寸前、偉い人たちは我先にと地下のシェルターに避難したらしい。戦争が始まるずいぶん前から地下シェルターは秘密裏に建設されていて、世界が取り返しのつかないことになるのを察した偉い人たちは全てを投げ出してさっさと隠れてしまったのだった。あまりに世界の崩壊のスピードが早くて全ての民が入れるだけのシェルターを建設する時間はなく、大半の人は荒れ果てた地上に取り残された。
 残酷な自由を与えられた人たちは、かろうじてインフラの残された場所に集まって今までなんとか生き延びてきた。この島もその一つだ。島といっても、そもそもここは島ではなく陸地の一部だった。何がどうなったのか戦争のあと急に海面が上昇して、陸地から切り離されてしまったのだ。引き潮になると沈んでいた瓦礫が海面上に顔を出すけれど、潮が満ちるとここは完全な島になる。
「……じゃあさ、その夢かなえたら、私のお願い聞いてくれる?」
「何? スイッチの場所知ってるの?」
「イエスかノーかだけ答えて」
僕様はぼんやりした顔でしばらく黙った。
「……イエス」
「オッケー。じゃあ、行こう」




.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ