小説

□鈴鳴り揚羽
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 この数日、女に頼まれて男の方の様子をこっそり窺っていたが、見た目は少し個性的かな、といった程度のただの大学生で、バイトも真面目にしているし、セクハラや脅迫をするわけでもない。しかも時貴のバンドのファンということが判明し、悠多の気持ちは謂われのない疑いをかけられる男への同情へと傾いてしまった。
「まあ、無害そうだけど、変わりものではあるよね。図太いというか何というか」
 あの男を追い払うためと言って女に『心霊現象』の手伝いをさせられたが、効果はなかった。窓に赤いインクで手形をつけたり、玄関の外に不審な足跡をつけておいたり、夜中に外で怪奇音を流してみたり、非通知で何度も無言電話をかけてみたり、子供だましのような『心霊現象』を、とりあえず思いつく限りやってみた。悪いとは思ったが、正直少し楽しんでいる自分がいたことも否定しない。そして案外反応が乏しくてがっかりしたことも。(ちなみにあの男の電話番号は何故かこの女が知っていた。)
「大体、心霊現象なんか起こしても、あんたの娘との関連がわからなきゃ、これを原因に別れることなんてないんじゃ?」
「幽霊にとりつかれてる男なんていたら怖がって遠ざかりそうなものでしょ? そうじゃなくても、ビビった男がアパート引き払って田舎の実家にでも出戻ればいいのよ」
「あいつはどこか余所から出てきてるの?」
「そんなこと知らないわよ!」
 悠多はもう何度目になるかもわからないため息をついた。
「第一、あの男と付き合うこと自体が問題なんじゃないのよ」
「え?」
「下らないバンドするために家を飛びだして、コンビニ店員なんて儲からない仕事して、金にもならなさそうな男と遊んでるっていうのが問題なのよ」
「……へえ、あの子もバンドしてるんだ」
 上の空で呟いた悠多の腕を女が容赦なく叩く。
「真面目に聞きなさいよ!」
「はいはい、聞いてます、聞いてますよ。で、結局おばさんはどうしたいのさ?」
「バンドなんて、安定もしない将来もない遊びにのめり込み過ぎて手遅れになるなんてことにはなって欲しくないの。寿々には金持ちで地位があって優しい旦那を捕まえて幸せになって欲しいの」
「で、あの男は論外だと」
「当然よ!」
 一応ちゃんとした大学の学生だし、真面目に就職活動をすればそれなりの仕事に就けそうだが、この母親はお気に召さないらしい。他人の恋愛や結婚の話に首を突っ込む趣味はないし、むしろ他人の色恋沙汰など全く興味がないのだが。
それにあの寿々という女の子はまだ十八、九歳くらいだから今焦らなくても今後色々な出会いがあるだろうし、あの年で自力で生計を立てながらバンド活動をしているのは立派なものだと思う。だが、バンドというものに世間が持つイメージというのはこんなものなのかもしれない。「安定もしない将来もない」バンドというものにかつて情熱を燃やしていた悠多からしてみたら何とも失礼な言い草だ。
「寿々には幸せになって欲しいのよ。ずっと寂しい思いをさせちゃったから」
 突然女は声の調子を落としてしょんぼりと項垂れた。
「あたしがしょうもない男と子ども作って、すぐ捨てられて。自分ひとりで仕事しながらあの子を育てるって決めたけど、しょっちゅう寿々のことを放ったらかしにしちゃうこともあったし。高校行かせるお金はあるって言ったのに寿々は中学卒業したら家を出て行っちゃって。その後にあたしが金持ちのいい男捕まえて再婚する、これからはいい暮らしさせてあげるって言うのに寿々は帰って来てくれないし、結局その男は悪い男で、お金渡した後にあたしは殺されちゃった」




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