小説

□鈴鳴り揚羽
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「あ、いらっしゃいませ」
 そういえば会話の発端である洵の心霊現象の悩みとやらを聞くのを忘れていた、と思い出した所で新たな客が来てしまった。
 水商売のような派手ないでたちの女と、服はシンプルだがどこか華のある男の二人連れだ。女は大きなサングラス、男は黒ぶち眼鏡にマスクを着用していて見るからに怪しい。プライベートの芸能人か何かかとも思ったが、そういった情報に疎い寿々にはその人が誰かわからなかった。洵も知らないようで、特に反応もなく正常に仕事している。
「お姉さん、ここ……っていう雑誌置いてます?」
 しばらく店内をうろついていたかと思うと、ふたりは何も持たずにレジにやってきた。女がわざとらしく男の腕に手をかけて、しなだれかかるようにして歩いている。近くに来ると香水の匂いがきつく香った。
男の方が口にした雑誌の名前は寿々には聞き憶えのないものだった。聞き憶えがないということは入荷していないということだと思うが、一応確認する。
「……申し訳ありませんが、その雑誌は置いてないですね」
「……ならここ真っ直ぐ行ったとこの本屋に毎月置いてありますよ。もう遅いから閉まってますけど」
 雑誌の名を聞いて、洵が助け舟を出してくれた。
「本当? お兄さん、ご親切にありがとう」
 女は耳障りな媚びた声で礼を言って、舐めるように洵を見た。洵は居心地悪そうに目を泳がせる。
「お姉さんもありがとう」
 男のほうが寿々を見て言って、寿々は慌てて営業スマイルを顔面に張りつけた。
 その派手な二人連れは結局何も買わずに店を出ていった。
「○○って雑誌、ちょっと大きい本屋じゃなきゃ置いてない雑誌なんだけどね」
「知ってるの?」
「俺がよく読んでる音楽雑誌。でも、普通コンビニってマイナーな音楽系の雑誌なんて置いてないと思うんだけど。……変なお客さんだったな」
「うん、何だったんだろうね」
 少し、嫌な顔をしてしまった。営業スマイルで取り繕ったけれど、隠し切れていなかった気がする。
どうしても、ああいう派手な女は好きになれない。







  ・・・







 
「自分の親の顔にも気づかないなんて!」
 二十四時間営業のファーストフード店に入って窓際のカウンター席に着くなり、女は癇癪を起こしたように机をばんと叩いた。
 伊達眼鏡とマスクを外しながら、悠多はうんざりとため息をつく。
「気づいて欲しいなら年相応の見た目してサングラス外してから言いなよ、おばさん」
「気づいてもらったら困るのよ、馬鹿なこと言わないで!」
「……どうして欲しいんだよ」
 とりあえず苛ついているのは確かなのだろうが、その矛先が滅茶苦茶だ。情緒不安定なのだろうか。
「というか、あの子、本当におばさんの娘なの?」
「何言ってるの? 瓜二つだったじゃない」
「どこが」
 顔立ちそのものは女の化粧が濃すぎてよくわからないが、輪郭や目元、口元の感じに面影はあったかもしれない。あの子は薄化粧だったが、目鼻立ちがはっきりした少し気の強そうな顔立ちで、年齢の割には落ちついた雰囲気があった。このかしましい女とは似ても似つかない。
「それに、男の方も別に害がありそうな感じはしなかったけど」
 そもそもの発端は、この女が「うちの娘にちょっかいを出している男がいるから追い払って欲しい」と言ってきたことだ。父親もおらず、母親も死んで、ひとり健気に暮らしている娘が最近良からぬ男につきまとわれていると聞いて最初は同情して協力していたのだが、どうも実際の状況は当初聞かされていた話とだいぶ食い違っているようだ。



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