小説

□透明なこころ
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――その日はとても空の色の濃い晴れた日で、風もなく妙に静かだった。
「……なー」
「……」
「なーなー……シュラぁ、聞いてんの?」
「おい、やめろ、この糞餓鬼! ぎゃー!」
「……いって」
 ぎゃーぎゃーうるさい柔らかな塊が背中にべちっとぶつかって床に落ちた。出窓の狭いカウンターで腕を組んで顎を載せぼんやりと外を眺めていたシュラは、渋々呼ばれた方に振り返った。
「何」
「いや、別に。呼んでみただけ」
「呼ぶためだけに人を投げるな! お前もさっさと応えろ!」
「……俺が悪いの?」
「だってシュラ呼んでも無視するし」
「どうせ大した用ないんだろうって思って」
「お前ら、まず俺に謝れ!」
 きーきー怒っているシロを抱き上げ、「ごめんごめん」と適当に頭を撫でると噛みつかれた。シュラの腕から逃れ、そのままシロはぷりぷり怒りながら二階に飛んでいってしまった。
 もとはといえばこの『鬼の角』の最上階はあの謎の白い生物の塒だったのだが、数年前に遊びで探検しに来たふたりが占拠してしまって、そのまま今でもふたりの『秘密基地』になっている。いや、シロもいるから一応三人か。
 そういえばシロは初めに会った時に何やら見た目に似つかわしくない大仰な名前を名乗っていたが、「白いからシロでいいでしょ」という安直な名前がもう定着してしまって本当の名前はもう忘れてしまった。
 室内にある華奢な金属で造られた階段に座って、イオは悪びれた素振りもなく、『鉱山』で拾って来たのであろう小型の機械を何やら弄っている。その機械にはここの天井に取り付けてあるファンによく似たプロペラがついているが、何の用途があって取り付けられているのかはよくわからない。
「それ何?」
「さあ」
「暴走させないでよ」
「しないって。もう動力ないみたいだし」
 それと同じようなことを言って、つい先日『鉱山』でイオが勝手によくわからない機械を弄って暴走させかけ、ジエンにこっぴどく叱られたのは記憶に新しい。思い出すと拳骨を食らった頭頂部が心なしかまた痛み出した気がする。
「……お前ら、今日は仕事はないのか」
 二階からシロが低い声で尋ねる。言外に「早く出ていけここに来るな」と言っているような気がするが、歓迎されないのはいつものことなので気にしない。
「どうせ行っても邪魔だしねー」
「それはイオが邪魔するからでしょ」
「お前のおとーさん乱暴すぎだし」
「だからそれはイオが」
 触るなと言われている機械を触って壊したり、しょうもない罠を仕掛けて他人に悪戯したり、勝手に持ち場を離れて奥の方に入り込んだら迷子になってしまって丸一日捜索されたりするから。主犯はほとんどイオなのに、いつもシュラまでとばっちりを食らって罰を半分受け持つことになる。
「そーだっけ?」
 イオがわざとらしくとぼけると、シロはやけに年寄りくさくため息をついた。
「……まったく、若者がこれでは先が思いやられる」
「人間の将来なんて人外が気にすることじゃないでしょー」
「だから俺は人間だ!」
「あんまりむきになると禿げちゃうよー」
 やいやい言い争いを始めたふたりは放っておいて、シュラは再び窓の外に目を戻した。



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