小説

□透明なこころ
4ページ/8ページ





 結局会談はぶち壊し、怪我人も出た。追いかけてきたイオも怪我をして、ふたり揃って青側に取り押さえられた。現場の後処理をし、ボロボロになったふたりの元に現れた長は、ふたりを咎めなかった。「私も許せなかった」疲れきった顔をして、そう言った。
 何の罪もないのに苦痛と恐怖に塗れて死んだ人のことを『汚れた魂』と呼び、それが当然のことだとでも言いたげに『運命』とのたまった。自分の大切な者に災いが降りかかってみなければこの悲しみはわからないのだろうか。
 荒れ狂う真っ赤な感情の波を発散する術も持たず、シュラとイオは自分たちの住まいへと重い足取りで帰って行った。
 その次の日、イオがシュラの元を訪ねてきた。
「俺の傷から、アレが生えてきた」
 右足のふくらはぎ辺りにできた真新しい傷口に這う緑色のものを認めて、シュラは言葉を失った。
「で、あと、俺の服についてた赤野郎の血からもなんかちっちゃいのが生えてたんだけど、俺の血がついたら枯れちゃった。これ、つまりどういうことだと思う?」








 少しの血では身体中に這いまわる植物を抑えるだけの効果はない。そして流行病は一週間ほどでぱったりと収まり、新たな感染者は出なかった。赤の血を放置しているだけでも植物は生えない。放置していたらすぐに乾燥して灰になって消えてしまう。花を使って薬にできるほどたくさんの血を手に入れるには生きたまま人間を連れて来ることが必要で、新鮮な血にイオの足に生えた植物から感染させることで花を咲かせることができる。赤の血を吸って育った花は青の血で育った花の生育を抑制する。それが、試行錯誤の末に生みだした流行病に対抗するための唯一の『武器』だった。
 『武器』を作るためには、犠牲が必要だった。
 人なんか殺したことなかった。自分が人を殺すことになるなんて思ってもみなかった。最初に殺した人間は、運んでいる最中に灰になってしまった。生きたまま、赤の領域からイオのいる『秘密基地』まで人一人を連れて行くのは至難の業だった。着くまではどうか生きていてくれと、着いたら目覚める前に早く死んでくれと祈りながら、殺した。
「苦しい思いしてきたんだろ?」
 ジエンは、見たことのない慈しみを目に浮かべて、シュラに微笑みかけた。
「だから、もういいって言ってんだよ」
「……うるさい」
 身勝手なのはわかっていても、裏切られたような気がした。ジエンにそんなことを言う資格なんてない。シュラはジエンを助けたかった。この病を徹底的に駆逐して消し去ってしまいたかった。そのために、何人を犠牲にしたと思っているのか。誰にも見えない場所でどれだけの涙を流したと思っているのか。こんな思いを洗いざらいぶちまけてしまえたら、それをジエンは受け止めてくれるだろうか。
 いっそ、あの固い大きな拳で思い切り殴って欲しい。





.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ