めくらの夜にも星は降る

□♯02
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 チッチッチッと、時刻を告げる時計のほうを見ると、やはり、さらに針が進んでいた。早一時間。………さすがに遅くはないだろうか。あれから、一つもに連絡はない。どういうことだ。
 やれやれと溜め息を吐きこぼす。ああ、またしても幸が逃げていきそう。いや、もう殆ど逃げている気がする。

「…………」

 溜め息を吐きこぼし、左肩ですやすやと眠る彼を眺める。
―――やっぱり、似ている。いや、似ているどころじゃない『同じ』だ。あの、アイドルと。―――名前は、
 最近、休業しているらしいアイドルの名を呼んだ心の声は、外から聞こえた人間の声によってかき消された。


「っあ、いたいたっ!」


「?」

 いた、と大きな声が耳に届いた。………どこがで聞いたことがあるような声だ。誰だ? 頭でどこで聞いたのかと思いながら、声がしたほうを見る。

「ちょっと、迷子になってて。遅くなって、ごめん」

 謝り、苦笑いを浮かべながらこちらのほうに来たのは赤髪の青年だった。オレンジ寄りの赤髪に髪と同じ赤い双眸。まるで、暖かな太陽のような雰囲気でくだけた言葉遣いが似合う。そう、赤髪の青年に対して思った。
 私は、「あ、えーっと、大丈夫だから、別に良いよ」と返す。心の中では、「この子がさっき電話で話していた子かあ」と思い浮かべながら。
 そしたら、赤髪の彼は手を合わせて「本っとうに、ごめんね!」と大きく謝った。この子は素直な子だな、と呑気に思いながら「大丈夫だから。そんなに気にしなくて良いよ」と赤髪の彼に向けて言う。すると、まだ物言いたげな視線を当てられたが、「ありがとう」と笑った。あの、太陽のような笑みだ。

 明るい笑みを浮かべた赤髪の彼は私の左隣で熟睡する青年を見つけ、

「……本当に、トキヤが寝てる………」

 そう、驚いた、明らかに。赤い眼が、大きく見開いている。言葉が、取りこぼしたようなものだった。
 なぜ、と電話していたときに過ぎった密かな疑問を思い出した。
―――なぜ、この人が『寝ること』がおかしいのだ?
 人間、寝ることは当たり前だ。睡眠を取らないと必ずガタが来る。最悪、死に至る場合もある。だから、人は眠るのだ。その当たり前の行為を『彼』が行っただけで、なぜそんなに驚くのだろう?
 そう、疑問を抱いていたら、赤髪の彼が「それじゃあ、そろそろ行くよ」と膝を折り地面につける。そしたら、すぐになにかを思い出したのか、声を上げた。

「っあ、もしかして家とか大丈夫? 親御さんとか」

「っ、―――――大丈夫、ですよ」

「そう? っあ、そうだ。もし、今晩のことでなにか言われたりしたらここに連絡してくれたら良いから」

 はい、と手渡されたのはどこかの連絡先が書かれた一枚のメモだった。どこの連絡先だ。首を傾げていたら、「俺らの仕事場の連絡先だから、いつでも大丈夫だよ」と言われて「ああ、」と納得する。
 ………同い年ぐらいだと思っていたが、もう、働いているのか。
 スゴいな、と感心しながら「分かったよ」と告げれば、赤髪の彼は「良かった」と笑い、地面につけていた膝を浮かし『彼』を運ぼうとした瞬間、突然、左側の袖が引っ張られた。

「えっ、」 「うおっと、」

 二つの声が重なる。私は突然、袖を引っ張られたから。赤髪の彼は突然、バランスが崩れたから。
 その二つの原因は、―――――未だに目を醒まさない『彼』だった。




始まりの夜は、まだ明かない。
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