☆短編集〜銀切華〜

□惚れ薬
1ページ/3ページ




『惚れ薬…………?』

そう呟きながら屋上の隅で寝転がっていた俺は、先程辰馬に渡された物を眺めた。

土産だと言われて渡されたのは綺麗なピンク色の液体が並々と入った瓶でいかにも怪しい物体というオーラを放っていた。

まぁ一緒に入っていた紙に
「惚れ薬。効能:この薬を飲んだ人は、その直後一番最初に見た人を好きになります」
と書かれていたので実際に怪しい物体なのだが……。

『こんなもんあったんだな…』

現実味がなさすぎてどう対処していいのかがよくわからない中、こんなものが本当に存在していたんだなと普通に驚けるほどの適応力を持っていた自分を少し尊敬したい。


どうやって入手したのだろうかなんて考えながらしばらく眺めていたが飽きてきた為、渡された時に辰馬が言っていた話を思い出すことにした。

そういえば…これを渡す時に「これを使えばおんしも……」なんて意味深なことを言っていような気がする。

だが、今考えれば俺に彼女がいないことをモテないとでも勘違いしたのではないかと思う。

流石、馬鹿。


俺には銀時がいるのに。


そう思いながら少し自慢気に顔を緩めていると屋上の入口の方から声がした。

『うおっしゃああ!!』

『喜んで貰えて良かったきに』

この声は銀八だ!と思って覗き込んでみると本当に銀八で、坂本と一緒に話していた。

何、話してんだろ……

距離が遠くてここからはよく見えない。

せめて話だけは聞きたいと耳を澄ませた。


『毎回、毎回ありがとな!』

『それほどでもないぜよ』

『これで今夜は…いやでもその前に…』

『おんしはまたわしで生きていく気か?』

『いいじゃねーか別に…どうせ俺のもんなんだからよ』

『確かにそうじゃが…少しは喜ぶと思ってやるわしの気持ちに……』

『あーはいはい、煩い煩い』


意味わかんねぇ…

毎回?
今夜?
生きていく?
俺のもの?

さっき聞こえた言葉から考えて俺がたどり着いた答えは信じられるものではなかった。

『はっ銀八に限ってそんなこと…………』

絶対にない。

と言い切れなかった。

最近、忙しいから。という理由で全然銀八と話しをしていないせいか嫌な考えが頭を巡り始めた。

…っ…………
顔を下に向けると視界に入ったのはさっきの惚れ薬。

もし本当なら…

ほんの少しの出来心。


―――――――――――――――


次の日。
惚れ薬を銀八に飲ませると決めた俺は、授業をサボり国語準備室に向かった。


最初からこうやって会いに行けばよかったな………
そう思いながら入口の扉をノックする。


コンコン


『あー開いてるからー』
中から聞こえる銀八の声。


ガチャリ


中に入るといつもはない、資料やプリントが山積みになっていた。


『なんの用―……って高杉?』
その間から顔を出した驚きの顔。
『久しぶり』

『おぅ、久しぶり。
晋ちゃんの方から会いに来てくれるなんて珍しいね』

とりあえず挨拶をするとそう返答が返ってきた。


『…………まぁな……。
それより、この山はなんだ』

そう答えながら、入った時から気になっていることを聞く。


『あー……これ?
去年、1年分の俺の仕事』

『……は?』

『いや、俺さーいつもサボり倒してたからいつの間にかこんなになってて……
これをやらないと給料なしだそうで』


内容は本当にくだらない。
でも………


『……おめぇーらしいな…』

『という訳で今は忙しいから構ってあげられないんだわ』

『別に…いい』

今日はそれが目的じゃないし

『そっか、じゃあそういうことだから』

そう言ってまたカリカリとペンを動かし始めた。


邪魔をしてはいけないと思い。近くの椅子に座って銀八を眺める。

いつものふわふわとした銀色の天パの下には普段あまり見ることのない真面目な顔があった。

それは男の俺から見ても格好良いもので、つい見惚れてしばらく眺めていた。

すると俺の目線に気づいたのか、顔を上げてどうしたの?と眼鏡越しの目だけで訴えてきた。

急に恥ずかしくなった俺は返事もせずに顔を横に背けてしまったのだが…


そんな感じでしばらくた続いた沈黙の時間は

『あー晋ちゃん。そこの冷蔵庫からイチゴ牛乳取って?』

と流石に気まずくなったのか銀八が言った言葉によって打ち切られた。

『あぁ、わかった』

そう言って椅子から立ち上がり、冷蔵庫へ歩き始めた。

『なぁ銀八。昨日、屋上で辰馬と話してたけどよ、俺のものってどういう意味?』

『あれ?聞いてたんだ。あぁ、あれな…それはあれが俺のもので他のやつには譲る気もねぇって意味だけど?』

冷蔵庫のドアを開けると同時に出てきた冷気の所為なのか、俺の心が一瞬で氷ついた。

『そうか。変な質問して悪ィな』

出来るだけ普通な声色で言ったつもりだ。


そんなことを俺の前で平然と言える所もそうだか、本当だという事実を突きつけられてしまった。


銀八を見ると、机に目を向けている。

それを確認してからポッケからあの液体を取り出し、パックを開けてストローをさす振りをしながらそれを入れた。


『ん。』

そして何もなかったかのように机の上にのせる。

『おーサンキュー』

何も知らずにそれを手に取り、飲もうとする銀八。


おめェがいけないんだからな…



ガチャリ

飲み込むむと同時にドアが開く音がしたので銀八は当たり前のようにそちらに目を向ける。


『っ……ダ……』

ダメだ…そっちみたらダメだ!


そう言えずにイチゴ牛乳を飲み込んだ銀八が見た先にいたのは。


『あっははははははは。銀時ィーこの間の書類じゃが……』


"坂本"



『た…辰馬…どうしたんだ?』

少し嬉しそうに笑う。

『だから、わしの資料……』

『あぁ…あれね、あれは職員室にあるから。行こう?』

そう言って、坂本の手を取り準備室を出ていった。




そう言って出て行ったやつの顔がどれほど嬉しそうだったか。

俺が薬を盛ったから?

やっぱりそれともそれより前から?


ぐるぐると頭の中で回る気持ち。

銀八の心はもう完全に坂本のものになってしまった。

今頃、二人は……


へたりと地面に崩れるように座り込んでも頭の中は…

銀八………



次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ