☆リクエスト

□落ちた滴が戻らなくとも
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「俺、お前になら殺されてもいい」


週末だからと泊まりに来た彼は俺のベッドの上で横になりながら、小さな声でしかしはっきりとそう呟いた。
そんなことを急に言われたものだから風呂上がりで濡れた髪を拭いていた手はピタリと止まり、思考が一瞬停止した。


「え…」


そんな脳が考えついた言葉はなんとも情けない一文字で、何か言わなければならないとは思うのだけれど、
答えを待つようにこちらへ向けられた片方しかない瞳に、言葉は声にならず吸い込まれていくのだった。


濡れた髪から滴が垂れて、鎖骨へ滑り落ちた。
この感覚はこの空気にあまりに不似合いで気持ちが悪い。
普段ならばなんの冗談だと笑い飛ばす所だろうけれど、今の彼から感じる雰囲気は普段のものとは全く異なる冷たい物で、そんなこと出来るはずもなかった。


大人として、教師として、恋人として今の彼から目を逸らすことは絶対にしてはいけないと…心が叫んでいた。
今、彼から目を逸らせば自分の手の中には一生戻ってこない。
どうしてそう思うのかは自分でもわからないが、不思議と何処かで一度経験したかのようにそう思うのだ。


手にしていたタオルでもう一度軽く髪を拭く、拭いている際に視界に映った髪はやはり銀色で…当たり前な事実を再確認して安心する自分がいる。
そして俺は掛けていた眼鏡を外し、近くの机の上に静かに置いた。
それでも音が聞こえてしまったことはこの沈黙を象徴しているようで、恐ろしいと思ってしまう自分は可笑しいのだろうか。


そんな自問自答をしながら俺はベッドに近づき、彼の隣に座る。
移動している間も彼は片方しかない瞳で俺を見つめていた。
どんなに危うくても、雰囲気が変わろうともそんな彼が愛しいと思うことは変わらなくて…紫色の髪にそっと口付けを落とした。


「今度はちゃんと俺が殺してやるから」


急に紡ぎ出された言葉は自分が意図して出したものではない。
だがそれが一番正しい答えだと、何故か分かったのだ。


「ありがと…な、銀…………」


この言葉を聞いた彼は納得したように安心したようにそう言って一筋の涙を流し気を失った。




最後に呼ばれたのは−−−自分の名前ではなかった。




*




しばらくして彼は目を覚ました。それは今まで通り俺が愛していた彼で。


「なんで俺、泣いてんだよ……」


頬に伝う涙に触れながらそう言う彼を俺は強く抱きしめた。



今度は、絶対に離しはしないと。



END



*
2013/07/31
澪さんへ相互記念小説です。
遅くなってしまったのに短くてすみません。
切甘な八高小説ということで、希望に添えていると良いのですが…。
これからも宜しくお願いします。
(補足:前世で銀時は高杉を助ける、殺してやることができなかった。転生後、一時的に記憶を二人とも僅かに思い出すが、その後高杉だけまた消失する。)




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