☆リクエスト

□翡翠の瞳
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あまりの寒さに白衣の上から自分の腕をさする。指の先端がどうにも冷たくて袖を握りしめた。
今夜は天気予報が外れて雪か霙でも降るのではないか、そう思いながら目的の場所へ足を動かし続けた。
誰が開けたのか窓から風が吹き込んできて、眉間に皺を寄せつつ早足で通り過ぎる。
角を曲がりやっと3−Zの標識が目に入ったところで、中の明かりが点いていることに気付いた。
ここにいたか、そう呟いて扉を開ければ後方の座席で寝入っている男子生徒が一人。
それを見て、俺は髪を掻き上げぐしゃぐしゃにしながらその生徒に近づく。

バシッ――静かな教室に音が響いた。「なに寝てんの、高杉くん」


悴んだ手で頭を叩かれた彼はもぞもぞと動きながら顔を上げた。
寝起きで朧げな片方しかない緑色の瞳は、俺の目を捕えたところで動きを止めた。

「銀八…」

一度、瞼を下ろしてまた上げる。それだけの事なのに吸い寄せられて、目が離せない。

「今日、二者面談だから…」
「あぁ」

俺が言葉を言いきらないうちに何を理解したのか、体を起して高杉は頷いた。

「だから帰らないでここにいただろうが」
「国準に来るようにって言ったはずなんだけど」

わずかな沈黙の後。あ、と口で形を作りだした、声には出さず。きっと忘れていたのだろう。

「ま、まぁいいじゃねーか。ここでやろうぜ」
「資料があっちにある」
「移動するのが怠い。頼むよ、先生?」

紅い唇から紡ぎだされた言葉はYES以外認めないとばかりに俺を誘う。
せんせい、だなんて。男の俺ですら誘いに乗ってしまう。
わざとではない、と認めたくはないが――それが高杉晋助である。

「仕方ねーな。ノートとペンある?」
「ルーズリーフだけど…」
「じゃあそれでいいや」

俺は彼の前の机と椅子をひっくり返し、よくある対面式の様にしながらそう言った。

渡されたルーズリーフの一番上に高杉晋助と生徒名を書く。
質問内容と成績は把握してあるし問題はないはずだと、見慣れた字を眺めて確認した。

「んじゃ、まずは進路のことから…」

大きく息を吸って高杉の瞳を見つめる。また吸いこまれて―









「――勉強面はこんなもんか。お前成績良いし大丈夫だろ」
「銀八が先生らしく普通に面談なんて…らしくねー」
「流石にこれはやらないと退職になる」

苦笑しながらそう言うも、頭の中は目の前で可笑しそうに笑う高杉の事でいっぱいになっていた。

「次は学校生活についてな。これはあれば、だけど…友人関係とか」
「別にねーかな」

こんな純粋な瞳の彼に好きな人などはいないのだろうか。

「じゃあ恋愛では?」

口を滑らせてからしまったと思った。額から汗が流れ落ちる。

「はぁ?なんでそんなことを」
「……他の奴らからは相談に乗ったからよ」

嘘は付いていない。しかし苦しい言い訳だなと自分で思った。

「告白されることはあるが…他には特に」
「モテモテだからな、高杉くんは」

恋愛について聞かれる事に対して何か感じることはないらしく、安心した一方。
少なからず好意を抱いている相手がモテるという今更な事実に嫌悪感を抱いた。
その為皮肉気にそう言った。彼は皮肉だと気付いていないようだが。

「お前だってよく告白されてんじゃねーか」
「俺は別に好きな奴いるから」
「へー…俺の知ってるやつ?」
「まぁな」
「どんな奴?」

突然の質問に肝が冷えたが、この際ばれてもごまかせるだろうと…自分の思っている特徴を一つずつ上げていく。

「無駄に色気があって無意識だろうけど誘ってくんの。
鋭い目つきで睨んだと思ったら急に可愛く笑いやがるし…たまに隙を見せるから守ってやりたくなる。
そんなやつだ」
「んなやついたっけ…」

首を傾げて目を細める。


―――――お前だよ。


「いるよ、すぐ近くにな」

♪〜♪〜♪〜
俺の発した言葉にかぶさるように鳴った携帯の着信音。

「万斉からだ…もう帰っていいんだろ?」
「ああ」

肯定の意を示したのを確認した後、彼はコートを羽織りマフラーを巻いた。

「今度、誰だか教えろよ。お前でも好きになる女」
「……女、な」
「銀八?」
「考えとくよ、高杉くん」
「ん、じゃまた明日な」


教えられる日なんて来るのだろうか。

卒業まであと僅かしかないというのに。


俺は髪を掻き上げ、いつも以上にぐしゃぐしゃにする。

きっと純粋な瞳を通して彼の心に俺が映る事はないだろうから。




2103/02/17


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