氷菓

□お人よし 奉太郎
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「ふぅ…。」

地学講義室に忘れ物をしたのに気づいて、放課後に特別棟の4階まで来ていた。


4階とかキツい…。
もう…明日テストなのに、教科書忘れてどうするんだよ…自分。


「あぁー…やっと着いた。」


ガラッ…


「…あっ……。」


誰もいないつもりで開けた地学講義室には、1つの人影があった。


確か、同じクラスの折木君だったはず。


「…………。」


折木君もこちらを見たまま固まっていた。


「あの…忘れ物を…しまして…」


何を言って良いかわからず、口をついて出たのは理由だった。

忘れ物って…人に言うのを憚るべきことなのに…。


言ってしまったものは仕方ない。


「……そうか…。」


折木君は納得した様子で、手元の…私が入って来る前に読んでいた本に視線を落とした。


私はそそくさと机に向かって、目当ての教科書を手に入れた。


チラリと折木君を見ると、こちらを見ていた様で、一瞬目が合ったが、次の瞬間には目を逸らされていた。


こういう視線は、どんな意味を含んでいるにしても気になってしまう性分だ。


「あの…どうかしましたか?」


つい聞いてしまった。


折木君は「いや…」と言葉を濁していたが、私の目を見ると溜め息をついた。


「ただ…苗字さんが何で、地学の教科書を持って帰っているのかと思ってな…」


何でって…そりゃ…


「明日は、地学のテストがあるからです。」


私の言葉を聞いた瞬間、折木君はビクッと肩を揺らした。


「………そうだったか…?」


「はい…随分と前に先生が言ってたから、忘れてても無理はないと思いますけど…。」


「……………はぁ……。」


さっきよりも深い溜め息をついた折木君。


これは…まさか諦めたのだろうか…。


そう言えば、折木君はなぜこの地学講義室にいるのだろう?


地学のテストがあるのを忘れるくらいなのだから、特段地学が好きという訳ではないだろうに…。


私の視線に気づいたのか、本から視線を上げた折木君と目が合った。


「ここは古典部の部室なんだ。」


「古典…部…?」


あまり聞き覚えのない部活名に首を傾げると、折木君は予想通りだったのか、説明を続けた。


「ここ数年は入部者がいなくて廃部寸前だったからな。知らなくても無理はない。」


古典部。そんな部があったとは知らなかった。

名前を聞いただけでは、何をする部活なのかピンとこない。


私はと言うと、放課後を悠々自適に過ごせる帰宅部だ。
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