氷菓(原作沿い)
□19.古典部温泉旅行B
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その後は、正直何をするでもなく、手持ち無沙汰だったので、折木君と取り留めもない話をした。
『折木君はお姉さんがいるんだよね。』
「あぁ。そういう苗字は兄弟はいるのか?」
『年の離れた兄が一人いるよ。
今はもう成人して家を出てるから一人っ子も同然だけど。』
随分とズボラな兄だったが、そう言えばしっかり一人暮らしできているのだろうか。
何だかいつもボーッとしているようで、でもやる時はやるみたいな。
そう言えば…、
『折木君はお兄ちゃんに少し似てる気がする。』
「苗字の兄に?
何だ、おまえの兄も省エネ主義だったのか?」
『省エネ主義って…』
少し嬉しそうに目を輝かせた折木君が珍しくて、驚くよりも先に笑ってしまった。
『まあ…ズボラな所はあったけど…、フフッ…折木君ほど信念を持ってた訳じゃないよ?』
「苗字…実は俺をバカにしてるだろ?」
『め、滅相もありません!』
慌てて否定しようと、必死に首と手とを左右に振っていたら、折木君が呆れ半分笑い半分という顔をしていた。
「滅相もありません。って…。
相変わらず、緊張すると敬語になるのか。」
あ、言われてみれば…。
もう古典部の一員になって季節が2つも巡ったというのに、未だにこの癖が治らないとは…。
「確か…」
折木君が首はそのままで視線を頭上へ向けて、何かを思い出している様子だった。
「その癖、俺と話してる時は出るが、まあ…千反田や伊原は別として、里志と話す時に聞いた覚えがないんだが?」
そうだっただろうか…。
如何せん、自分でもやってしまった!と気づく時もあれば、今日のように気づかない時もあるので、福部君と話す時にもこの癖が出たかハッキリとは覚えていない。
『そ、そうかな…?
私もあまり覚えてないけど…。』
そう言っても、何だか折木君は面白くなさそうな顔をしていた。
「とにかく、その癖、気をつけてくれないか?
何だか…その……。」
折木君は言葉を止めて、何と言うべきか迷っているみたいだ。
「俺は苗字に敬語を使われるような人間ではないし、何より…俺が落ち着かない…。」
折木君はそう言うと、気まずそうに視線を外した。
私は何と言っていいかわからなくて、本当なら悪いことをしてしまったなぁ、と反省するべきなんだろうけど、なぜか私の心の中には嬉しさがあった。
『ありがとう、折木君。
私、折木君のためにも敬語を使わないようにがんばるから。』
つい口元が緩んでしまっているが、私は折木君と更に仲良くなれた様な気がして嬉しかった。
(あれは一種の殺し文句じゃ…)