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□優山と甘い物
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『いらっしゃいませー。』
「やあ、名前ちゃん、こんにちは。」
最近常連になりつつある優山は、今日も嬉々として名前が勤めるケーキ屋に来た。
勤めるといってもしがないバイトで、ショーケースからケーキを取り出して箱に入れるだけの仕事だったが、優山は名前がパティシエではなくて良かったと密かに思っていた。
もし本人がなりたかったのなら失礼極まりない話だが、彼女には優山も同じ匂い…つまり、互いに食べる専門であることを感じた。
足しげく通った成果か、最初の頃に比べて名前との会話数が増えたことに、喜びを感じる優山だった。
『今日は何にするんですか?』
敬語は完全に抜け切れてはいないが、それでも親しみの感じられる言葉遣いに、優山の口角は自然と上がった。
「そうだなぁー。
名前ちゃんのオススメは?」
このやり取りも何回目かわからないが、おかげで名前もいつ優山が来店しても良いように、その日のオススメを考えておくようになった。
『今日は…フルーツタルトですかね。』
色とりどりのフルーツが乗ったタルトを一瞥して、「じゃあ、これください。」とこれまた何回目かわからないやり取りを繰り返した。
「名前ちゃんってさ…甘い匂いがするよねー。」
そう言って優山は名前との距離をスッと縮めたが、名前もその分スッと後退した。
『えっ…あ…ケーキ屋でバイト…してますから…。』
名前は助けを求めて店内を見回すが、もともと従業員の数も少ないため、助けを求めようにも誰もいない。
辛うじて名前の前にあるショーケースが、優山のそれ以上の侵攻を防いでいる。
「名前ちゃんってさ…」
優山がこれ以上近づくことはできないとわかっているが、名前は優山の意味深な笑みを見て背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「名前ちゃんってさ、食べたら甘そうだよねー。」
『えっ…!!!?』
すっかり固まってしまった名前とは裏腹に、「食べちゃいたいなー。」と楽しそうに笑う優山がいた。