君たちと俺

狼さんの本当
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最近、とてもとても気になることがあります

ある男の子のことが

すごく気になります

その男の子は、僕と同い年で同じ高校の学生です

クラスは違うけど、彼のことはよく知っています

黒沢了くん

黒沢くんは、周りから不良だと

ヤンキーだと言われて、怖がられています

それは黒沢くんの髪色だったり

着崩したりしている指定のものではない制服だったり

耳に空いているピアスだったり

毎日のようにできている傷だったり

いろいろな理由があります

僕は違うクラスだから見たことはないですが、授業中は基本的に寝ているらしいです

そもそも、あまり授業にも出ないらしいです

そんな黒沢くんは、他の学生に怖がられて、先生たちには目を付けられています

でも僕は、黒沢くんの髪色はとても綺麗だと思っています

痛そうだけど、見るたびに違うピアスを見ておしゃれさんだなーとも思います

毎日できている傷を怖いと思うよりも、心配になります

制服は…ちょっと大丈夫かな?って思うけど

でも、僕は気になりません

だって、そんなこと気にならないくらいに

関係ないくらいに

黒沢くんが優しいから

優しくて、いい人で

すごく、すごく綺麗な人だから

だから僕は黒沢くんのことが怖くありません

皆や先生たちが言うように、悪い人だとも思いません

だって、黒沢くんは本当に優しい人だから

僕はそれを知っているから

時々、とても悲しくなるときがあります

それは誰かが黒沢くんのことを悪く言っていたり

黒沢くんがひとりでいるところを見たりする時です

黒沢くんには、怖い噂や悪い話がたくさんあります

でもそんな噂や話に根拠なんてないんです

だって…全部が全部「らしい」っていう曖昧な言葉で締めくくられているからです

そのどこにも、黒沢くんの「本当」がないから

彼は、本当の彼は、とてもとても優しい人なのに





僕が初めて間近で黒沢くんを見たのは、頼まれたおつかいをしに駅まで行った帰り道でした

賑わう街中で、ひとつ、小さな泣き声が聞こえてきました

周りを見渡してみると、道の端で小さな男の子が膝を抱えてしゃがみこんでいるのが見えました

「どうかしたんですか?」

そっと近寄って声をかけてみると、涙に濡れた大きな瞳が僕を見上げてきます

よく見ると、男の子の膝に血が滲んでいます

転んでしまったのでしょうか?

「大丈夫ですか!?こ、これ、よかったらどうぞ!」

僕は慌てて鞄の中から絆創膏を取り出して男の子に手渡します

すると、震える小さな声で、「ありがとう」とお礼を言われました

ちゃんとお礼を言えるいい子のようです

絆創膏を貼り終えた男の子にお母さんやお父さんはどうしたのかと聞いてみると、はぐれてしまったと返ってきました

どうやら、迷子さんのようです

ここは休日ともなれば親子連れやカップルの皆さんで混み合ってしまうので、こんな小さな子一人で親御さんを探すのは難しいでしょう

またシクシクと泣きはじめてしまった男の子の頭を、そっと撫でます

さて、困ったことになりました

僕が一緒に探そう?と言っても男の子は首を横に振ります

それでいてシクシクと泣き止む気配もない様子にどうすればいいのか分からなくなってしまいました

こうした時、要くんがいてくれたらきっと助けてくれるだろうな、と眼鏡の彼が頭に浮かんできます

途方に暮れそうになったその時でした

『…どうした』

僕の頭の上から聞こえた声

僕の声よりももっと低くて、とってもかっこいい声でした

驚いて後ろを振り返ると、綺麗な髪が目に入りました

人工的に染め上げられたその髪は、日の光に当たってきらりと輝いていた

そして

とても印象的だったのが、その瞳でした

いきなりかけられた声に僕も男の子も驚いて固まってしまいます

そんな僕らを見て、目の前の男の人の眉間にシワが寄ります

それがちょっと恐くて、思わず肩が揺れてしまいました

だけど…

『具合でも悪いのか』

再度かけられた問い掛けは、どこか優しさが含まれた声音でした

その意外な程にやわらかい声に、まじまじと男の人を見上げてしまいます

そんな僕を不思議に思ったのでしょう、男の人はがを傾げたを見て、ハッとして立ち上がりました

「いえ!あの、この子が迷子みたいで…」

立ち上がって驚いたのは、男の人の背がとても高いことでした

悠太くんや祐希くん、要くんよりも高いのです!!

驚いて見上げている僕から、しゃがんだままの男の子に目を向ける彼

そして、そっと長い足をを折って、男の子と視線を合わせます

そんな彼に、男の子は最初の僕と同じように肩を揺らします

小さな男の子からしたら、大きな彼はすこし恐いかもしれません

『名前は?』

けれど、かけられる声はやはりとてもやわらかいもので

「…じゅん」

小さく答えた男の子―――じゅんくんの声はもう震えてはいませんでした

『じゅんか…じゅん、誰と一緒に来たんだ?』

「おかーさんと、きた」

いつの間にか、じゅんくんの涙は止まっていました

『そうか。じゅん、ここで泣いてるのと俺とお母さん探すの…どっちがいい』

その問い掛けに、じゅんくんの瞳が不安でゆらゆらと揺れます

「…あし、いたい」

視線を地面に落とすじゅんくんはまた泣き出しそうです

『帰れなくてもいいんだな?』

「やだっ」

『じゃあ立て、ここでしゃがんでたって見つかるわけないだろ』

「うーっ」

またジワリと、じゅんくんの大きな目に涙が溜まってきます

アワアワと慌てる僕に比べて、男の人はとても落ち着いています

『じゅん…』

じゅんくんを呼ぶ声はとても優しくて、下げられていたじゅんくんの目がソロリと男の人を見上げます

『頑張って立てたら、俺が一緒にお母さん探してやる』

やってみろ

そっと、促すような声音にしばらく迷ったあと、じゅんくんの腰がソロリソロリと持ち上がります

「………」

『うし、立てたな』

大きな手で撫でられるじゅんくんの頭

ちょっと恥ずかしそうな様子のじゅんくん

そんなじゅんくんを、男の人は肩車したのです

「わぁ!?」

驚く僕と、慌てて落ちないように男の人の頭に手を置くじゅんくん

『ほらじゅん、お母さん呼べ』

「で、できないっ」

背の高い男の人に肩車されたじゅんくんは、周りから飛び出て見えているはずです

これなら見つけてもらえるかもしれませんが、あまりの高さにじゅんくんは怖がっているし、声の小さなじゅんくんでは大きな声でお母さんを呼ぶのは難しいのでは?

そう思って、僕は男の人を止めようとしました

ですが、

『呼ばなきゃ見つけてもらえないぞ、お前のお母さんだろ』

その言葉に、不安に揺れていたじゅんくんの瞳が、キュッと強いものに変わったのです

そして、大きく息を吸い込んで…

おかあさーん!!

どうやったら小さな体からそんな大きな声が出せるのかと驚くほどとても大きな声でした

そして、すこし離れたところで、じゅんくんの名前を呼ぶ声が聞こえます

きっと、じゅんくんのお母さんです!!

「おかあさん!おにいちゃん、おかあさん!いた!」

とたんにきらきらとした笑顔を浮かべるじゅんくん

『やれば出来んじゃん、えらいなじゅん』

また、優しい声で囁かれる言葉

そして、ふわりと細められた瞳

彼は声だけじゃなく、笑顔も心も、とても優しい人でした

それからしばらくして、彼―――黒沢くんを学校で見つけた時は本当にびっくりしました

それから、黒沢くんの噂にも

だけど僕は、そんな噂なんてひとつも信じてはいません

だって、僕は彼の"本当"を知っているのだから

優しい、黒沢くんを知っているのだから

どうして誰も、本当の彼を知ろうとは思わないのでしょうか?優しい彼を見ようとは思わないのでしょうか?

僕はそれが不思議で、すこし悲しくなります




…だけど、最近ときどき思うことがあります

僕だけが、黒沢くんの優しさを知っていたいと

まだ、僕だけの特別にしておきたいと、そう思うのです


(黒沢くん、これはいけないことでしょうか?)


あまり人の通らない屋上に続く階段の踊り場

そこで眠る黒沢くんに心の中で問いかけます

今日も、日の光に当たって輝く髪がとても眩しくて

その眩しさにそっと目を閉じて

眠る黒沢くんのそばに買ってきたフルーツオレを置いて階段を下ります

皆に黒沢くんの優しさを知ってほしい

だけど、僕だけが知っていたいとも思う

きっとこれは、僕の小さな独占欲

ぐっと、制服の胸元を握り締めた









(優しい君を、僕は知ってる)



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