人魚は天然だった

□再会のスターティングブロック!
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「……すごい。」

その日、私は恋に落ちた。





ザバッ

「やっぱり水の中じゃ最強だね、ハルちゃん。」

「俺のことちゃん付けで呼ぶの、そろそろやめろよ。」

「すっごくカッコよかったよ! 七瀬君! 僕もあんな風に泳ぎたいなぁ……。」



そんな会話が耳に入ったけどすぐに抜けていった。

私は瞬きや息をするのも忘れて彼を見ていた。

それくらい彼に、彼の泳ぎに夢中になった。


それが私の、初恋。





ザバッ

900m泳ぎ終えて、水中ゴーグルと水泳キャップをとりながら水面から顔を出した彼は、息ひとつ乱れていなかった。

ここに来る前から泳いでたのかな……。


「噂通り速いな。タイムは?」

「タイムに興味はない。」

「……っふ、ははは、そういうところも噂通りだ。」


泳ぎだけじゃなくて、笑った顔もすてきだ……。

名前を知りたい……。

……よしっ。思い切って声を掛けてみよう……。


「あ、あの……。あなたの泳ぎ、すっごくカッコよかったです。」

「……ん? 俺?」


緊張してコクコクと首を縦に振ることしかできなかった。

すると、彼は遙に向けたのとおんなじ笑顔を私にも向けてくれた。

カッコいい……。


「ん、サンキュ! 俺は、松岡凛。君は?」


プールから上がった彼は私の正面に立って自己紹介をした。

松岡凛君っていうんだ……。

私も自分の名前言わないと……。


「え、えっと……苗字名無し……です。」

「あ、聞いたことある。」

「……え?」


も、もしかして私の名前のことかな……。平凡な名前だから、松岡君の知り合いに同姓同名の人がいるとか……?


「七瀬や橘が学校で君の泳ぎはすごい、って言っててさ。」

「遙と真琴が……?」

「ああ! 俺もさっき見せてもらったんだ、君の泳ぎ。」

「名無しの泳ぎは人魚みたいですっごくきれいだから、教えたんだよ。」


真琴が笑顔で言った。


「本当にその通りだったよ。すごくきれいだった。」

「い、いや……別にそんなこと……ない、です。松岡君の泳ぎの方が全然、きれいでカッコいいです。」


ど、どうしよう……恥ずかしすぎる……っ。


「なぁ、その敬語やめないか? あと、俺のことは凜、って名前で呼べよ。俺も君のこと名無し、って呼ぶからさ。」

「あ、えっと、う、うん……?」

「あっはは! 何で疑問形なんだよ。おもしれーやつ。」


人懐っこそうな笑顔だ……。

私と違って人見知りなんてしない人なんだろうな……。



ひとしきり笑った後、凜は何かを思い出したようで遙の方に体を向けた。


「あ、そうだ。なあ七瀬。今度の大会、俺と一緒にリレーに出ないか?」


さっきタイムに興味ないって言ったばっかりなのに……。


「……俺はフリーしか泳がないから。」


そう言って遙は再び水の中へ潜り込んだ。















ピンポーン


「遙、出てこない……。」


初めての高校生活2日目。

昨日は入学式で新入生代表挨拶もあったから遙の家に来られなかったけど、今日からはまた遙と真琴と一緒に登校できる。

と、思ったけどおかしい出てこない……。


「おかしいな……。……1人暮らしだから、孤独死しちゃったのかも……。」

「あれ、名無し?」

「あ、真琴……。」

「どうしたの? もしかしてまた出てこないの?」

「うん……。」

「しょうがないなぁ。」


真琴は溜め息交じりにつぶやくと家の裏口の方へ走って行った。

私もついて行こう……。


ガタガタッ


古い扉を開けて靴を脱いで中へ入る。


「おじゃましま〜す。」

「おじゃまします……。」


そこから短い廊下を通って迷わず浴室へ。


「やっぱりここか……。」


真琴の視線の先には遙の脱いだ服があった。


「やっぱりここか……。」


私も真琴と同じことを言ってみる。


「真似しなくていいから。」


やんわりと怒られた。



ガラッ


「開けるよ〜?」


私が真琴の後ろから顔を出すと遙も水面から顔を出した。


ザバッ


「おはよ。ハルちゃん。」


遙の方へ歩いて行って手を差し伸べる真琴。


「だからちゃん付けはやめろって。」


悪態を吐きながらも真琴の手をしっかりと握る遙。

それは、小さい頃何度も見た光景だった。


「また水着着て入ってたの……?」

「ほっとけ。遅刻するぞ。」

「それ、俺のセリフ。」


そう言いながら浴室を後にする遙に、真琴と2人でついて行った。





「って、何でサバ焼いてるんだよっ!」

「朝飯まだ食ってないから。」

「それに水着にエプロンって……。寒くないの?」

「水着に油が飛ぶのは嫌だ。」


2人が話していると、チンッ! という音が鳴った。


「しかも、食パンにサバ……?」

「サバトースト……。」

「美味しくもなく、不味くもなさそうだな……。」


真琴の言う通りかもしれない……。





「で? なんで二人揃ってわざわざむかえに来たんだよ。」


登校中。遙に疑問を投げ掛けられたので答える。


「私は、同じ学校に入ったから、また一緒に登校できると思って……。」

「そうか。真琴は?」

「ハルが昨日の始業式来なかったからさ。」

「休む、って電話した。」

「お休みしたんだ……。」

「せっかく名無しが新入生代表で式辞を述べたのに。」

「中学の時に、もう聞いてるだろ。」

「まぁ、そうなんだけど……。でも、すごいよね。中学も高校も新入生代表に選ばれるなんて。」

「全然全くすごくない……。」


私は即答で真琴の言葉を否定した。

でも、真琴は「そんなことないよ。」と笑顔で私のことを褒めてくれた。


「あ、そういえばハル、新しいクラスのこと聞いた?」

「……。」

「ハルとはまた同じクラスだよ。今度は1組。担任は新任の女の先生で、初日からさっそくあだ名が付いててさ、古文担当なんだけど…………。」


長々と自分のクラスについて語る真琴をよそに、遙は海を眺めていた。

真琴の話、聞かなくていいのかな……。

と、思ったけど


「はやく暖かくなって泳げるといいね。」


心配は必要なかったみたい……。










お昼になった。


「お弁当、どこで食べようかな……。」


私がお弁当をどこで食べるか迷っていると、廊下から名前を呼ばれた。


「アダナちゃーん!」

「渚……?」

「うんっ! 久しぶりだね、アダナちゃん!」

「久しぶり……。なんでここにいるの……?」

「実は僕、ここの高校に入ったんだ。昨日の入学式に新入生代表でアダナちゃんが前に立ってたから声を掛けようと思ったんだけど……アダナちゃんが見つからなくて。今なら逢えるかなって思ったんだ!」

「そう……。」

「あれ、ハルちゃんとマコちゃんは?」

「分からない……。けど、多分屋上だと思う……。」

「そっか! じゃあ、屋上に出発ー!」

そう言うと、渚は私の手を取り、屋上に向かって廊下を走りだした。











「昼飯持ってきてない。」

「購買で何か買えば? あ、それともこれ食べる? スルメいか。」


上の方で遙と真琴の声が聞こえてきた。


「ハァハァ……遙と、真琴、上の階に、いる……みたい……。ハァハァ。」

「アダナちゃん、大丈夫? ちょっと休もうか?」

「ハァハァ、大……丈夫……ハァハァ……。」
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