ヤミクモ デイズ

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窓から見る景色はあいかわらずの行列。
“こちら”側はすっからかん。

「まあ…しょうがないわよね。向こう最近オープンだし、新しいし…」

建ってから3日は経ったけど憩には常連さんが一日に数人来るだけだし、何組かは向こうに行ってるし。
私はカウンターで本来お客さんが見るはずのどこにでもあるようなメニューを見て、ため息をついたのだった。

カランコロン

聞きなれた音に反応して「いらっしゃいませー」と無駄に張り切らず、気だるいいつもの言葉を発す。

うん?見ない顔。

長身の男の人。短い黒髪に細い目の愛想の欠片もなさそうな、無表情。
見たところ少し大人。でも若そう。

私のお店は常連さんばかりだから席の案内はしない形式でやっている。
座ったところにお水を渡す。
ということでお水を用意しに行こう。元々のところに小さく切ったレモンを入れているおかげで少しレモン味。しかし水道水。

「ああ、いや、俺は客じゃない」
抑揚のない低い声が私に語りかけてくるものだから動きを止めて、お客様の方へ向く。

「俺は隣の店のホールを任されている相馬という。
今日はオーナーの伝言を届けに来た」

なにそれ。自分で言いに来なさいよ。
つい私は相馬さんだっけ、アムールの刺客を怪訝な顔で見てしまった。

「はい、それで。何の用ですか」

つい低い声を出してしまう。この人は悪くないのに申し訳ない。
「週に一度、君にレシピを教えてやれとオーナーから言われた。
それで今日は挨拶に来た」

「は?」

レシピ?何それ。そんなの必要ない。
春樹さん何考えてるの。こっちにはこっちのメニューがあるんだしいらないわよ。

「もちろん直に教えるのは俺も面倒だし君も迷惑だろう。だからせめて紙媒体で渡す。
そこで質問があれば俺に言ってくれ」

「いやいやいや。誰も頼んでないし」

出ていけ、と言わんばかりに背を向ける。
お客じゃないしいいでしょう。

「…ジェノベーゼパスタ、タルトタタン」

…19年生きてきた中で聞きなれない言葉がぼそりと相馬さんの口から出てきた。
えーと、タルトタタンはりんごを使ったお菓子、よね?あんまり知らないけど…。

「を、今度持ってこようと思案している。
他にも要望があればそれに沿ったものを持ってくるが…」






「和風料理…」






とっさに出てしまった私の心の声。

「………あ、…ちが、違「了解した。…和食は俺も得意だ」

ふっ、と相馬さんは薄く笑った。
嫌味とかじゃなくて、料理に向けた笑いだと思う…とかじゃなくて!

「では、失礼する」

とだけ言って帰って行く相馬さん。
一人残された私はイスに座りこんで頭を下げた。
あ、ああ…料理好きな部分が出てしまったわ…。


*****



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