思いの丈

□Episode01
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ひたり、ひたりと"アレ"が迫ってくる気配を感じた。
背筋を凍らせるおぞましく禍々しい存在。


思わず座り込んでしまった石の床の、冷たい温度が脚から這い上がってきた。



『お願い…逃げて』



私は傍らに膝をついた男に懇願する。
そうでなければ…きっと彼は。



「嫌だ。珀亜様を置き去りには出来ない」



彼は全てを悟った瞳で真っ直ぐに私を見据える。
再三の申し出にも頷かない彼に、尚も言い聞かせようとした所だった。


薄暗い部屋の戸口に影が現れる。



「追いかけっこはもうお終いか…?珀亜」



『っ…!』



血の色と、海の色をした双眸が私に焦点を合わせて狂気を孕む。
鈍く光ったそれに、終わりを覚悟した時だった。

私の目の前に、ひとつの影が躍り出る。
それは、今まで隣に控えていた男のもので。



「珀亜様には…指一本触れさせないっ!!」



『駄目、やめて!!』



"アレ"に向かっていく男に、必死の思いで静止を求めた。
その背中に追いすがろうとして、はっとする。

一瞬だけこちらを振り返った彼が、優しくて悲しい微笑みを浮かべていたから。




《どうか…生きて、下さい》




それだけを言い残して、長剣を抜いた彼は"アレ"に切り掛かった。



数秒がひどく長く感じる。

まるでスローモーションで流れる映像を見ている気分だ。



"アレ"は男に向かって容赦なく腕を振り下ろした。



飛び散る鮮血と地面に叩き付けられる引き裂かれた男の身体。

―私が覚えている最後の光景は、とても残酷なものだった。



 
 

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