約束のとき

□捧げる感謝
1ページ/1ページ





「お待ち下さい、セフィリア様」


礼を言って部屋に向かおうとした私を引き留めたのは、今別れるところだった侍女だった。


「え」


とふの抜けた声が出る。


侍女は私の様子を気にもとめず、ある一室へいざなう。

衣装部屋だろうか、シンドリア独特の布地が少ない服がところ狭しと並んでいた。
装飾品が弾く光が目に入って、眩しいことこの上ない。


「シンドバッド王より命じられました」


私の背後に立ち、楽しそうに告げる侍女。
彼女を恐る恐る振り返って、聞いた。


「私が、着飾るのですか…?」


どうしても着なければならないのか。
南国ゆえに、露出が多いことで有名なシンドリアの衣装を。

私の戦々恐々とした質問に、彼女は当然だという表情で頷く。


「王も喜ばれましょう」


シンドバッドの申し出ならば無下には出来ないけれど。

やはり抵抗がある。


私の故郷のイヴァリスでは、過度な露出をする衣装などない。

そもそも、進んでそうしようとする人間はいなかった。
暑くもなく、寒くもない気候なのだ。
薄着や厚着をする習慣もなかった。


聞いた話では、イヴァリスの衣装は煌帝国のものに近いらしい。

薄い生地の丈が長い衣装を、数枚重ね、腰の位置で太さが様々な帯を使って留める。
腕や足はほとんど見せることはない。



だから、シンドリアの衣装を着るのは並々ならぬ勇気がいるのだ。

それを侍女に説明しても、無駄な努力だった。


「大丈夫、きっとお似合いになりますよ」


その一言で全てを一蹴されたのだ。
言葉での抵抗もむなしく。

その後、彼女は部屋に来た侍女数人と、有無を言わせずに私の着衣を剥ぎにかかった。





ひらひらとした布が、動くたびになびく。

日頃着なれていない衣装の感覚に戸惑い、その露出度に顔が赤くなる。
しかし、着ている内にそれにも馴染んできた。


鏡に映るのは、しっかり化粧を施され、いつもとは違う雰囲気をまとう自分。


まるでどこかの姫君のようです。


私を着飾らせてくれた侍女たちは、満足そうに言った。
彼女たちは事情を知らないのだ。

まさか目の前にいる少女が、亡国の姫だとは露にも思うまい。
もちろん、自ら進んでその肩書きを名乗るつもりなど毛頭ないが。


鏡ごしに侍女たちに微笑み、感謝を伝える。

後は会場へ赴くだけだ。





私が謝肉宴が行われている広場に着いたのは、日が完全に落ちた時だった。
思いの外、着飾るのには時間が掛かるらしい。

見知った顔を探して辺りをキョロキョロと見回していると、一人の侍女から声をかけられた。


「今いらっしゃったばかりですか?」


首を傾げながらその問いに肯定する。


それでは、と彼女は人の良さそうな笑顔を浮かべ、私を会場の一角へ通した。

そこには、木を掘って作った特徴ある仮面が並べてある。
左右には両手一杯に花で出来た首飾りを持った侍女が立っていた。


「お好きな仮面を選び、首飾りをお持ち下さい」


その言葉に、自分に適当な大きさのものを選ぶ。

早速仮面を被ると、木の芳醇な香りが鼻をくすぐる。
香木が使用されているのだろうか。

それを楽しんでいると、腕に花飾りをいくつか掛けられた。


「ありがとうございます」


仮面ごしにくぐもった声でお礼を言う。


「首飾りを渡す時は、仮面ごしの会話はいけませんわ」


もごもごとした言葉が面白かったのか、侍女はクスクス笑いながら注意する。

ばつの悪い気持ちになりながら、何度か頷いておいた。


「行ってらっしゃいませ。良い夜を」


快く送り出してくれた侍女に、去り際に告げられたことを思い起こす。



花の首飾りの使い道。

これはお世話になった人に渡すものらしい。
感謝の印として贈る花。
なるほど、良い風習だ。

ならば、私がそれを渡すべきなのは。

心にその人たちを思い浮かべて、軽い足取りで「彼ら」の元へ向かった。





見つけた。

すぐ近くのテーブルに、見慣れた水色の髪を見出だす。

気取られないように、こっそりと背後を取った。
ちょんちょん、と目の前の人物の肩をつつく。


「…私?」


不思議そうに振り返ったのは、私がお世話になった人の一人、ヤムライハだ。

こくこくと頷いて、手にした花の飾りを彼女の首に掛けた。


あの帽子に引っ掛かるだろうかと懸念していたが、それは杞憂だった。
首飾りは後ろの位置で取り外しが可能な作りだったのだ。

軽い音を立ててそれを繋げると、ヤムライハは驚いた顔になる。


「もしかして…セフィリア?」


気付かれてしまった。

仮面を被っている時は声を出さないルールらしいので、ゆっくりと外してヤムライハに笑いかける。


「正解!…ヤムライハには、色々お世話になっているから」


いつもありがとう。

そんな気持ちを込めて笑うと、彼女は目をいっぱいに開き、そして泣きそうな顔でくしゃりと笑った。


「…ありがとう」


その後は、力一杯抱きついてきたヤムライハを抱き返したり、一言二言話したりして。

ピスティの居場所を聞いてから、また落ち合う約束をして別れた。





再び仮面を取り出して、ピスティの元に向かう。

無事彼女を見つけて前に立てば、すぐに私だと言い当てられた。


「セフィリアでしょ」


…気付くのが早くはないでしょうか。
一瞬固まったものの、花の首飾りをかけて仮面を取る。


「ピスティは鋭いなあ」


苦笑を浮かべると、彼女は片目をつぶってウィンクしてくる。

あれ、いつかのシンドバッドさんみたい。
既視感を感じていると、ピスティはある一方を示した。


つられるようにそちらを向いて、私は一瞬で固まる。


「首飾りありがと。後でヤムライハも混ぜて盛り上がろ!」


そう言って私の背をぽん、と押して、彼女はどこかに行ってしまった。



先ほどピスティが指差した方。
そこには、座って酒を飲むシンドバッドと、後ろに控えるジャーファルの姿があった。


話すなら、今しかない。


ちょうど私が持っている花飾りはあと一つ。
握っているカラフルな首飾りを見つめて、一人頷く。


不安もあるが、逃げたくはない。

気持ちを切り替えて仮面をつけ直し、ゆっくりと歩を進めた。





 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ