約束のとき

□八人将の狩り
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街に着いてすぐ、普段と様子が違うことがわかった。


いつも賑やかなシンドリアの街が、いつも以上の賑わいを見せている。

周辺の人々の話を聞いていると、これからシンドバッドと八人将がここに現れるという。

シンドリアの観光名物が催されるそうだ。
見てからのお楽しみ、そう言われたため大人しく彼らの登場を待った。



眼下には青い海が広がり、波が光を反射してきらめく。

ぼんやりとその波面を眺めていた私の視界に、何か異質なものが映った。
この陽気な景色に似合わないものが。

それが見えたと思われる場所を、目を凝らして探す。
ほどなくして、鮮やかな青色の海面の一部が暗くなるのが見えた。


何かいる。


その瞬間、何かが海水を跳ねあげて海上に現れた。
巨大な青いウツボだ。


それは、書物で読んだ凶暴な南海生物の内の一種。

南海生物とは、シンドリアが絶海の孤島であった所以の大部分を占める、災害とも呼ぶべき存在だと聞く。

それらが船舶を見境なく襲うので、島があるとわかっていても近付こうとしたものは少なかった。
運良く島に上陸出来ても、帰り道で全滅して海の藻くずと化したとか。


書物に記されていた知識を引き出しながら、南海生物の動向を探る。

水しぶきを上げながら島に侵入したそれは、木々を次々になぎ倒して街に近付いていた。


そこで私はある可能性に気付く。
もしかして、この盛り上がりは。

私がようやく一連の出来事の意味を把握した瞬間。

弾けるように、派手な音楽が突然耳に入って来た。

それにつられる様に、観衆から歓声があがる。
地を這うような大音声にビクリと身体が跳ねた。


これは。
皆の視線をたどるように上を見上げると。

近くの高台に、シンドバッドが歩み出るのがわかった。
その背後には、八人将の面々が控えていて。

輝かしいその面子に、場の空気がより高まっていった。

人々の歓声がより大きくなったところで、シンドバッドは後ろを振り向く。
何かを指示しているようだが。

首の後ろがわずかに痛み出すのも構わず、彼らを目に入れたままにしていると。


シンドバッドが再び前を向いた。
それと時を同じくして、見覚えのある人影が数歩前に出る。

ジャーファルだ。

民衆から「ジャーファル様!」と声援の嵐が巻き起こる。
彼はそれに答えるように、瞳を一度だけ下に向けた。

今度は女性から黄色い悲鳴が聞こえて、少しだけ複雑な気持ちになる。

ジャーファルさん、人気がおありなんですね…。

私が言える筋ではないかもしれないけど。
妬ける、かも。
って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。


かぶりを振ってもやのような思考を頭の外に追いやった。

一時足元にやっていた視線をジャーファルに戻す。
ちょうど、彼が南海生物を見据えて不敵に笑うところで。
普段とは違う表情に、心臓が大きく脈打った。


彼は身体の前で合わせていた腕を下ろす。
一拍の後に、袖から赤い紐と鋭い刃物が飛び出した。

宙を自在に泳ぐ武器は、雷をまとって、まるで生きているかの如く、南海生物に襲いかかる。
息をつく間もなく、かなりの早さでそれは標的を締め上げた。

南海生物は身体に巻き付く紐に感電して、叫び声を出しながら苦しみ悶える。


しかし、次の瞬間。


竜のような形の雷で覆われた切っ先が、その急所を容赦なく突いた。

きっと即死だ。
呆気ないと言えば、呆気ない。
ぷつりと糸が切れるみたいに命を絶たれた南海生物は、轟音と共にその場に倒れた。

同時に、盛大な歓声がこの場を包んだ。


私は高台の最前にいるであろうジャーファルに目を向ける。

そして、はっと驚いた。

彼もこちらを見ていたのだ。
一瞬の偶然だろうか、と頭をよぎった考えは否定される。


違う。

ジャーファルは私に気付いている。
交わって逸らされない視線が、それを物語っていた。

固まったまま彼を見つめるしか出来ない私に、彼は微笑む。
遠目にもわかる表情の変化に、私は顔に熱が集中するのを抑えられなかった。

そんな私を見て、彼はもう一度相好を崩してからくるりと踵を返した。




私はその場に立ちすくんで、一歩も動けなかった。

相変わらず、頬の熱は引かない。
心臓がうるさい。

初めて味わう感覚は、私の思考を総動員しても言葉に表せなくて。
制御などはなおさら無理な話だった。



結局私は、通りかかった顔見知りの侍女に連れられ、王宮に戻された。




 

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