約束のとき
□前兆と逃走
1ページ/1ページ
昼下がりの明るい廊下を、両手に抱えた数冊の書物と共に歩く。
来たばかりの頃は、刺すように眩しい陽光に耐えきれず、うつむいたり目を細めたりしていたけれど、今では平気だ。
少しだけ私の周りの精霊、もといルフに頼んで、目に入る刺激を和らげてもらっているから。
そういえば、以前ヤムライハにそういう話題を持ちかけたら、数時間質問攻めにあった。
その後数日間は彼女の実験に付き合うことになってしまい、大変な目を見てしまった。
でも、あのキラキラした表情を目の当たりにすると無下に断ることも出来ず。
結局、くたくたになって廊下の隅に座り込んでいる姿をジャーファルさんに発見され、しばらくの禁止を言い渡されるまで、実験を続けてしまった。
もちろん、ヤムライハに悪気はない。
好きなことになると周りが見えず、突っ走ってしまうということだそうだ。
そこまで熱中出来る何かを持つ彼女が、少しだけ羨ましいのかもしれない。
だからこそ、私は書物を通じて世界を知ろうと思った。
世間知らずのままでは駄目だから。
その志の下、勉強を始めてかなり経つ。
成果は色濃く表れている、と思う。
自分の中の知識が、水を飲むように増えていくのがわかるのだ。
腕の中、一番上にある巻物の題をなぞる。
とりあえず、書庫の蔵書の読破に向けて、目下努力中だ。
ふと顔をあげると、私のいる場所からは離れた通路から、文官の服装をした男性が歩いて来るのがわかった。
緑のクーフィーヤ。
一目で、彼がジャーファルだとわかる。
私はとっさに突き当たりの角を曲がった。
何故そのような行動に出たのか、自分でさえわからない。
衝動的なものだった。
少し進んでから、小走りになった。
頭が真っ白で、心臓が早鐘を打つ音だけを感じる。
追いかけられている訳ではないのに、背後から大きな焦燥感が私を襲ってきた。
早く、早く、部屋に戻らなければ。
気が付けば、私は自分の部屋にいた。
借りた書物は身体のわきに落ちていて、身体は、扉に背を預けるようにして座り込んでいる。
呼吸が苦しくて、何度も繰り返した。
顔から火が出るように熱い。
依然として、心臓はうるさいままだ。
わずかに震える腕に、手を当てる。
「…何をしているの、私は」
心底呆れた声を出したつもりが、実際のそれはひどく掠れ、動揺があらわになっていた。