約束のとき

□夢か現か
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「セフィリア」


廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
振り向かなくてもわかる。
私の友人の一人、ヤムライハだ。


「どうかしたの?」


くるりと方向転換して彼女に向けば、足元がフラリとする。
なんとかその場に踏ん張って持ちこたえた。


「ちょっと、セフィリア大丈夫?」


慌てたように腕を持って支えてくれる彼女に礼を言って体勢を直した。


「ごめんなさい、大丈夫。それより、私に用があるのでしょう」


実は朝から熱っぽい気がするのだが、気にしない。
きっと今日が普段より暑いせいだ。


「魔法の研究にあなたの手伝いが欲しかったのだけど…駄目だわ、ふらふらしてるじゃない」


ヤムライハは怒った顔で眉間にしわを寄せる。
そんな彼女に、これくらいなんともないと浮遊魔法を使って飛び、廊下の手すりに立つ。


「ね、調子が悪いならこんなこと出来ないでしょう?私なら大丈夫っ…!?」


手すりから降りようと足を動かした時、膝の力が抜けた。


「セフィリアッ!」


突然のことに背筋が凍るが、ここは一階であるし、手すりの高さから落ちても大怪我をすることはない。
少し痛いかもしれないが。

落ちるのは自己責任だ。

しかし、止めなかったから、とヤムライハに責任を感じさせてしまうだろう。
それが申し訳なくて、でも落下は止められなくて。

投げ出される身体。
すぐに来るであろう衝撃に、目をぎゅっとつぶって備えた。


ぽすっ。

私の身体に伝わった衝撃は、とても軽いものだった。

びっくりして目を開くと、そこには表情を固くしたジャーファルがいた。
つまり、私は彼に抱えられているということで。
顔に熱が集中していく。


「まったく、あなたは何をしているんですか」


たっぷりと呆れを含んだ声に、苦笑いで答える。


「ええと…調子、悪かったみたい、です」


目が。
目が全然笑っていない。

正直すごく怖い。


「セフィリア、無事で良かったわ…」


私に駆け寄って心配してくれるヤムライハ。
心なしか、目が潤んでいる。
本気で申し訳なくなってきて、謝った。


「ごめんなさい…」


「もう、絶対に無理しないでね」


眉を下げてため息を吐かれる。
すみませんでした。


「さて、部屋に送りますよ。休養を取ったほうが良いです」


ジャーファルはこの場の空気を変えるように、そう切り出す。

え、嘘でしょう。
目が点になった。


「そうですね。セフィリア、今日はもう休んで。さっきの件はまた今度で良いから」


ヤムライハはこくこくと頷いて同意した後、私にそう言って去って行った。

―本当に行ってしまった。





ジャーファルもジャーファルで、平然と歩き出すものだから。
私は焦った。


「ちょ、ちょっと、ジャーファルさん!いいです、私自分で歩けますから…!」


そう言って身をよじろうとするも、思ったより身体に力が入らない。
単に身じろぎしただけで終わった。


「駄目です。放っておいたらあなたは休んではくれないでしょうし」


額に息がかかる。
私の提案も速攻で却下されてしまい、何も言えなかった。

でも、黙って抱えられてるのは耐えられなくて、真っ白になりそうな頭で必死に考えた。


「ちゃんと休みます!」


普通の声音で返せた。
ひとまず安堵するが、ジャーファルは一枚上手だったようで、


「ええ、勿論そうしてもらいますよ。私はそれを見届けてから仕事に戻ります」


私に爆弾を落とした。

見届けてから。
その言葉が脳内を駆け巡る。

今度こそ頭が真っ白になった。


「で、でもジャーファルさんお忙しいですし…!」


口をついて出た反論。
気持ち早口になったのは仕方のないことだ。
あまりにも動揺して、取り繕う暇さえないのだから。


「では私が一刻も早く戻れるよう、大人しくお休みになって下さい」


何を言っても駄目だ。
きっとジャーファルは引いてくれない。

シンドバッド王の弁舌に渋々譲ることもある彼だが、機嫌が良くないときは違う。
シンドバッド王でさえも、ジャーファルを完全に怒らせたら禁酒になっていたのだ。
私では、たぶん普段のジャーファルすら説得出来ない。

諦めるしかないのだろう。

最早居心地の悪さを改善しようと始めた会話も途切れ、私はうつむいたままで部屋へ運ばれる。

抱えられた膝裏や背中、ちょうど手が当たる位置の腕が異様に熱かった。







「―おやすみなさい、セフィリア」


部屋に着くと、ジャーファルは有無を言わせず私を布団に寝かせ、片手で両方の目を覆う。
そしてそう呟いた。

上がってきていた熱でぼんやりした頭は、その手のひらの冷たさで覚醒することはなく。

むしろ、眠気が襲いかかってきた。
重いまぶたを閉じて、それに身を委ねる。


「セフィラ…」


眠りのふちで、そう聞こえたのは気のせいなのだろうか。
それとも、それはもう夢なのか。
確かめる術もなく、私は眠りについた。




 

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