約束のとき

□王との対話
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王宮の門の前で、疑わしそうな目で私を見ていた衛兵は、渋々王に取り次ぎに行ってくれた。

数分してから戻ってきた彼は、先ほどよりも疑わしげに私を見て、王宮内へ案内すると言う。
きっと、私のイヴァリス王国の王女という肩書きの怪しさと、それが受け入れられたことへの驚きによるものだろう。


私自身はさほど動揺していない。

私が危惧していたのは文字通り門前払いされることだ。
父は国王に話を通していると言っていたものの、国王が衛兵にわざわざ私の国の名を出してまで通達しているはずはないだろうから。

予想より王宮の衛兵が律儀な人で良かった。
ひとまず安心し、衛兵に先導されながら、私はこれからのことを思案した。



王宮の奥、文官のような風貌をした人々が忙しなく行き交う通路よりもっと奥へ進む。

基本的に王が執務を行うのはこういう場所であるから、もうすぐ着くのだと思い、気を引き閉める。
ほどなくして立派な造りの扉が現れ、私は出来る限り淑やかに入室した。

その際、室内にいる誰かが息を呑むような音が聞こえる。
しかし、私はそれを不審だと思いこそすれ、わざわざ顔をあげてじろじろみることなどしなかった。




「やあ、待っていたよ。セフィリア姫」


私の正面、書類が積まれた大きな机に座っている男性が、爽やかな笑顔で迎えてくれた。

だが、私は少し戸惑う。

国王にしては、若い。
見た目からしたら年齢は三十前後。

私の国の歴代の王は、大体彼のような年齢で王座を継ぐ。
けれど、彼の風格はもう何年も王をしている者のように立派だ。

王になって間もないようには見えない。
にわかには信じがたいことだが、若くして王になったのだろう。
それだけ才覚が優れているということか。

短時間で思考に終止符を打ち、数歩分の距離を縮める。


そして、私の国の最高の礼をとった。
胸の前で手を独特の形に合わせたあと、深くお辞儀をする。

珍しいのだろうか、はっと小さく息を吐いた国王。


「私はイヴァリス王国第一王女、セフィリア・イヴァリスと申します。イヴァリス国王、カルヴィンの命を受け、参りました」


礼をとったまま、目を閉じて平坦な口調で奏上する。

必要であるとはいえ、父の名を出すことはとても勇気のいることだった。
だから、礼儀にかこつけて顔は伏せておきたかったのだ。

どうしようもない不安を、公の場で表に出したくない。
私は、王女なのだ。



すると、シンドバッド王が立ち上がった気配がした。
空気が震える。


「どうか顔を上げてくれ、姫君」


落ち着いた声音で紡がれた言葉は、柔らかだが有無を言わせない響きだ。
父と同じ。
やはり王ともなると、言動一つを取っても威厳があるのか。

緩慢な動作で表を上げ、再びシンドバッド王を見る。

彼は、悲しみと憐れみを込めた瞳で私と対峙していた。


「君の父上のことは聞いている。…残念だったね」


とても言いにくそうに呟かれる、その音。
私は、彼を見たまま凍り付いた。

まさか。


「残念、とは、どういうことでしょうか」


声帯が震えて、声がぶれた。
私から質問したものの、答えは欲しくなかった。

それを聞いたら、とても冷静ではいられなそうな、不吉な予感。


「…知らないというのか?君の父上は十日前、イヴァリスの王宮で亡くなった。生き残りはいないことになっている…君の存在も公では、ないことに」


予想した衝撃は、予想よりも少なく。

代わりに、その日数に驚かされる。
それと同時に自分の中で弾き出された真相に、息が止まりそうだった。

そういえば、と、私の様子に気付かないふりをしているようなシンドバッド王が言う。


「君は今までどうしていたんだ?イヴァリスからシンドリアまでは十日といわず、五日か六日で着くだろう」


そんなことは知らない。
私が知っているのは。


「…転移魔法です」


小さく呟いた言葉は、空気に溶けた。


「セフィリア姫?」


怪訝そうに、彼は聞き直す。


「父の転移魔法です。それでシンドリアに参りました。…それも、十日かけて」


「なっ…まさか、そんなことが…!」


シンドバッド王の側に控えていた、文官の格好をした男性が驚愕の声をあげる。

それも無理はない。
「普通」ならあり得ないことだ。

―父は空間に干渉する魔法が得意だった。
転移魔法をはじめとした、結界や遠距離にいても会話が出来る通信魔法。
普通の転移魔法は一瞬で目的地へ着く。

しかし、父は到着時刻すら自分の思い通りに決定出来るのだ。
少しだけ時間にも干渉して、魔法を発動させるよりも前の時間に目的地へ送ることも可能だという。

それも一重に、父が精霊の、「外」の世界の人々はルフと呼ぶ存在の加護を強く受けていたため。


静かに説明すると、シンドバッド王は深く頷く。

だが、彼は不可解だというような表情で私を見ていた。
それは隣の文官の方も同じ。


「何故、カルヴィン王はそのようなことを?」


当然とも言える質問に、私は下唇を強く噛んだ。


「私が魔法で転移し直すと考えたのでしょう。…亡命など、納得していませんでしたから」


私も父ほどではないが転移魔法が使える。
あまり得意な分野ではないから、他人を転移させることは出来ないけれど。


「…そうか」


その双眸に痛ましげな色を宿して、シンドバッド王は私に近付いてくる。

失礼に値するが、条件反射で身構えてしまう。
しかし彼はその態度を気にする風もなく、私の前に立った。
そして、ぽん、と頭に大きな手を乗せて、撫でる。

突然のことに驚きを隠せない。
何故、私は撫でられているの。

固まったまま微動だにしない私に、シンドバッド王は優しく言った。


「君は俺の古い友人の娘だ。辛いことがあっただろうが、これからは俺が君を守って行こう。…安心してくれ」


心にストン、と落ちてくる言葉。

不覚にも鼻の奥がツンとして、不快感に目をつぶる。
彼にかかれば全ての不安が消し飛ぶような、そんな頼もしさがあった。

でも、私はそれでは嫌だ。

知り合いの娘とは言え、見ず知らずの会ったばかりの人間を受け入れてくれる彼の役に立ちたい。
守れなかったから、今度は守りたい。
だから。


「…いいえ。シンドバッド王。私を食客としてここに置いて下さい。微力ながら魔法が使えます。必ずお役に立ちますから」


彼を見上げて願いを口にすれば、私の頭を撫でていた手が止まる。

驚いているようだった。
だがそれも一瞬のことで、すぐに頭をぽんぽんと軽く叩かれた。


「…わかった。君を我が国の食客として迎えよう、セフィリア」


食客になるからか、姫という敬称を付けるのはやめたみたいだった。
あっさりと肯定してくれたシンドバッド王に微笑めば、彼もまた笑顔を返してくれる。

だが。


「何言ってんですか、シン!この方は姫君なのですよ!」


文官の方は、反対のようだ。
若干顔をひきつらせて訴えるその姿に、少しの違和感を感じるが、それもすぐに霧散した。

「良いじゃないか、ジャーファル。本人がそうしたいと言っているのだし」


文官の方の名前はジャーファルというそうだ。


二人は言い争い―というか、ジャーファルが真剣に意見するのをシンドバッド王が軽くかわす、そんなやり取りが始まった。

置いてきぼりを食らったような気がしたが、口は挟むべきではない。
少し待ってみることにしよう。

そう思っていたら、意見はまとまったようだった。
結論を言えば、ジャーファルが引き下がった形だ。

これからよろしくと言って握手を求めるシンドバッド王に、頭を下げてから手を差し出した。



悲しみは消えなくても、この地で生きていこう。

私を生かしてくれた父のためにも。
復讐には、染まらずに。



その後、シンドバッド王にジャーファルが政務官だと紹介してもらった。

私が彼に感じた既視感のような、あの違和感の正体に気付くのは、まだ先の話だった。





 

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