約束のとき
□シンドリア国王
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シンドリア、王宮内にて。
今日もつつがなく王の職務は行われていた。
ただし、王の身体が椅子に赤い紐で縛り付けられず、傍らに鬼のような顔で、書類の束を王に差し出す者さえいなければの話だが。
「シン、今日という今日は逃げられませんからね。全て終わるまで私が見守ります」
ゆったりとした官服をまとう男、このシンドリアの政務官であるジャーファルが低く告げる。
その言葉に、死刑宣告を受けたような表情をしたのは、腕のみまともに動かせる状態の国王、シンドバッドだった。
「適当な休憩は必要だからな…?」
彼は一時手を止め、すがるようにして政務官を見る。
「却下」
息をつくまもなく切り捨てられた要望に、シンドバッドは項垂れた。
とはいえ、それは自業自得である。
自らが職務を放り出して遊び呆けた結果だ。
数日おきに見られる光景なので、書類を手に部屋に訪れる文官は慣れたものだった。
しかし、その暗黙の空気はやぶられた。
廊下から急ぐような足音が聞こえたかと思うと、衛兵が駆け付けてきた。
彼は入り口で国王の姿に唖然とするものの、すぐに我に返った。
部屋に入り、かしこまってから口を開く。
「王よ。王宮の門に、イヴァリス王国の姫だとかいう娘が来ております。ですが…イヴァリスなどという国は聞いたこともありません。追い返しますか?」
不審そうな顔をした兵が提案したのは、ごく普通の対応だ。
ところが、シンドバッドは衛兵の予想だにしない答えを返した。
「いや、その必要はない。通してくれないか」
爽やかな微笑を浮かべて、指示を出す。
その表情からは、地獄から解放された清々しさが見てとれる。
それにジャーファルが顔を歪めたのは、言うまでもなく。
「…言っておきますが、仕事は今日中に終わらせて頂きますからね」
しっかり釘を刺すことも忘れないのは、抜かりのない性格のためだろう。
シンドバッドは見事にそのダメージを受けていた。