約束のとき
□始まりのときは終わりのとき
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小さい頃は、運命という言葉をとても素敵なものだと信じていた。
女の子が夢見る王子様や赤い糸。
あまり意味はわかっていなかったから、お気に入りの遊びを一日中するくらい楽しいものだと思っていた。
でも。
今、私に降りかかる運命は決してそんなものではない。
私の目の前に広がる光景を見て、言葉すら発せずに立ち尽くす。
燃えている。
建物も、草も木も、大地さえ、例外なく全てが。
国中が、火の海だった。
「セフィリア!」
突如背後から聞こえた厳しい声に、停止していた思考が動き出す。
振り向くと、息を切らせながら駆け寄ってくる人が見えた。
「お父様…」
こぼれた声は、情けないほど掠れている。
このままでは、国が滅びてしまう。
呆然とそう考えるだけの私には、きっと王族の資格なんてない。
「セフィリア、よく聞け。このイヴァリスから遠く離れた場所に、シンドリアという国がある。その国に亡命しなさい。」
父から突き付けられた言葉に、頭を殴られるほどの衝撃を受けた。
私に逃げろと言うのか。
この国を、愛する祖国を捨てて。
「ですがお父様っ」
「シンドリアの国王には話を通してある。お前ならばきっとあの国でも生きていけるだろう」
私の反論を遮って、父は続けた。
それでもなお、言い返そうとする。
だが、それを見越したように鋭く、有無を言わせない視線を合わせられる。
そのような様子で告げられては、発言することや、まして逆らうことなど出来なかった。
悔しくて、思わず涙がにじむ。
それを押し留めようと歯を力強く食いしばる。
ほどなくして鉄臭い匂いが口内に広がった。
「この国が滅びるのならば、私も共に!」
喉の奥からせりあがってくるような苦しさを、私は半ば叫ぶように父へ叩き付けた。
腕にすがりつき、力一杯揺さぶった。
それもすぐに手をほどかれ、空気を掴む。
「生きなさい、セフィリア。お前には未来がある。だからといって、復讐など、決して考えてはならない。私や民も、お前にそのようなことは絶対に望まない」
父は、昔の、子どもだった私に使っていた穏やかな口調で話して聞かせる。
それでも、納得することなど不可能だった。
「出来ません、私には出来ません…!」
それは生きることか、または復讐をしないということか、自分でもよくわからなかった。
ただ、弱々しく首を横に振るだけだ。
「いいや、出来る。お前は母親に似て、強い娘だ。正しい判断が出来る人間だ」
自信たっぷりに断言する父の表情は、いつの間にか柔らかくなっていた。
「そして、私の自慢の娘でもある」
慈しむように頭を撫でられて、息が詰まった。
多少揺らされて、目にたまった雫がこぼれそうになる。
視界が不明瞭だったが、拭うことはしなかった。
そうすると、泣いているのを認めるようだったから。
必死で目を見開き、乾かすことに夢中になる。
すると、頭に乗った手のひらで、魔法が発動した。
じんわりと伝わる熱に、はっと顔をあげる。
だが、その瞬間には私と父の間にはまばゆい光が境界を作っていた。
「お父様!」
もう一度、大きく父を呼ぶ。
返って来たのは、最後の言葉。
「己が運命を恨むな、前を向いて歩め。我が愛しき娘よ」
時間が経つごとに強さを増す光に、私の意識は遠退く。
脳裏に、幼い日の記憶が映る。
『いつかきっと、君に会いに来る』
『むかえに来てくれるの?私のうんめいのひとなの?』
『うん。10年後、迎えに』
『じゅうねん?…わかった、私、お兄ちゃんのこと、待ってるね』
『…ありがとう、セフィラ』
『君の国で、待っていて』
ああ。
ごめんなさい、名前も知らない私のうんめいのひと。
約束は、きっと…もう、守れない。