短編

□あまのじゃく
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今日もまた、あの子からメールが来た。


『おはよう、残夏くん!今日もいい天気だよ。そっちはどう?』


それは見ているだけで気分が明るくなる。

でも、僕は素直じゃないんだ。


「おはよ、しーたん。こっちも良い天気だよ〜っ」


今日は朝からひどい雨だった。
室内にいても、打ち付けられて飛び散る水の音が聞こえるくらい。


『こんばんは、残夏くん。今日は友達と遊びに行って来たの。残夏くんは何してた?』


読むだけで楽しそうな彼女の様子が思い浮かぶ。
でも、僕は君みたいに真っ直ぐじゃないんだ。


「僕〜?彼女とデートだったよ〜」


そんなの嘘だ。

彼女なんていない。
1日中部屋に閉じこもって、君のことばかり考えてた。


『彼女いたの?教えてくれれば良かったのに!』


なんだか、彼女の思っていることが感じ取れないメールだった。


「ごめんね〜、隠してたわけじゃないんだ」


冗談だ、と言えなくて。
偽りに偽りを重ねる。


『ううん、謝らないで!とにかくおめでとう、幸せにね!』


これが、彼女からの最後のメールだった。





数年後、僕は妖館というマンションでSSとして働きだした。

そんなある日のことだ。

僕に一通の手紙が届いた。
光沢のある、洗練されたデザインの白い封筒。
裏には、綺麗な字で海神白刃と書かれている。

あの日以来、メールが来なくなった彼女。
1日だって忘れたことはなかった。

封を切り、中を見る。
そこには、英語で招待状と書かれたカードと、1枚の便箋が入っていた。

嫌な予感に震える手で、便箋を開く。



『残夏くんへ いきなりのお手紙、ごめんなさい。住所は残夏くんのお家の方に聞いたの。そして、今まで一切連絡を取っていなかったことを、謝ります。
実は私、結婚することになったの。だから、仲良くしてくれた残夏くんも是非式に招待したくて。都合が良かったら、出席してください。 白刃』



最後までざっと目を通し、僕は呆然とその場に立ち尽くした。





白刃の結婚式の当日、僕は式が行われるチャペルの近くまで来ていた。
でも、出席するつもりはない。

何年経っても色あせない、君への想いを抱えたまま、ゆっくりと歩く。


この想いは、どうすれば良い?


誰かに譲れば良いのか。
そんな宛なんてない。
白刃しかいない。

いや、白刃しか、いなかったんだ。
それなのに、僕は素直になれなくて。
彼女の真っ直ぐな心が眩しくて。
思ってもいないことを沢山ぶつけた。


大切なものは、失って初めて気付く。
全くその通りだ。



僕は、あの頃使っていた携帯を取り出す。
古びたデザインの、傷だらけの携帯。
その中には、白刃が僕に向けた純粋な好意が詰まっていた。


僕は、白刃が僕にくれた想いを知りながら、それを裏切った。
君の想いは綺麗すぎて、僕には触れられなかった。

けれど、捨てることも出来なかった。
僕は、卑怯で、弱虫だったんだ。




気付いたら、チャペルのすぐそばまで来ていた。

鳴り響く鐘の音に、視線をあげる。
チャペルの扉は開いていて、ちょうど中から新郎新婦が出てきた。

真っ白なドレスと、純白のヴェールをまとった白刃。
遠目から見ても、彼女は輝くほど美しかった。




その姿を目の当たりにして、ふっと心が軽くなる。

白刃は、幸せなんだ。
僕じゃない、他の男の隣で。


もう良いだろう。


僕は、白刃の幸せを願いたい。
いつまでも、あの柔らかい笑顔を浮かべていられるように。


辛くないと言えば嘘になる。

けれど僕は、嘘が得意だ。
ずっと、自分の感情を素直に表さないで生きていた。

だから、この涙も偽りのものなんだ。
言い聞かせるように、呟いた。


一筋、涙がこぼれた。


ふと人の気配を感じて、それをぬぐう。


「残夏…」


後ろから声がかかる。

渡狸だ。
お子様の癖に、おせっかい。


「なーに?渡狸〜」


先ほどまでの感傷を振り払い、みじんもその様子を見せない。

思った通り、渡狸の表情は驚いたような、ほっとしたようなものだ。


「泣いてるかと思ってたぜ!ったく、心配かけさせんなよな」


威張る渡狸の頭をぽんぽんと叩くと、一瞬にして変化する。


「こら、渡狸〜。人目があるんだから変化しない〜」


「ばっ、好きでなってるんじゃねぇよ!お前がガキ扱いするから…」


豆狸の姿で言われても、かえって面白いだけだ。


「はいはーい、帰ろっか〜」


「俺の話をさえぎるな!」


なんだか、どん底にあった気分が不思議と浮上していた。





白刃、僕はまだ君のことが忘れられない。

だから、心の底から君たちを祝うことは出来ない。
けれど、いつか笑って会えたら良いと思う。



ありがとう、こんな僕に綺麗な想いをくれて。



さようなら。

僕は君が、大好きだった。







ボカロの天ノ弱ネタです


 

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