短編

□Let me allow
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「…様、白刃様。起きて下さい。もうすぐ夕食です」

起き抜けに聞こえてくる、甘い声。

心を許した相手にしか使わない、少し気を抜いた穏やかな声音だ。
気を抜けきれないのは、彼の性格の表れだろう。

『双熾…さん』

彼の服の胸元をきゅっと握り、起きてすぐのぼんやりした声で名前を呼ぶ。

あ、おはようとか言ったほうが良かったかな。
今からでも遅くないだろうか。


思案していたら、いきなりぐいっと抱き寄せられ、腕の中に閉じ込められた。


自然と胸板に耳を押し付ける形になり、そこから聞こえる鼓動が速いのがわかる。

どうかしたのだろうか、と首を傾げると、頭にひとつ、キスを落とされた。
ちゅ、と立てられた音がやけに大きく耳に入ってくる。

「駄目ですよ、白刃様。寝起きの第一声で、相手の名前をおっしゃったら」

なんとなく意味は理解出来るけど、寝言で言うよりはましじゃないだろうか。
そんな風に主張すると、

「僕にとっては寝言でも寝起きでも、グッと来ますが」

なんて、とても反応に困ることを言われてしまった。


だったら私も、双熾が寝言で私の名前を呼んでくれたらキュンと来るかな。

と、そこまで考えて思考をやめた。

私は双熾の寝顔にさえ遭遇していないのに、寝言だなんて、ハードルが高い。
しかもそういう場面が想像もつかない。

「ああ、そういえば…この前白刃様が寝言で僕の名前をお呼び下さった時はとても感激したものです。あまりの可愛らしさに写真を撮らせて頂きました」

予想外の報告に目が点になった。


寝言はこの際置いておいていい、何故その場に彼がいたのか。
そして、寝言を聞いているくらいだから、当然寝顔も見られている。

何より聞き捨てならないのは、その後だ。


写真を、撮らせて、頂きました?


脳内で、スローモーションで双熾の言葉を繰り返す。
理解した瞬間、恥ずかしくて目の前の胸板を叩き出した。

『け、消してっ、今すぐ消して!データのバックアップも全部!』

過去にも、写真ではないけどこういうことがあった。
ラミネート加工はさすがにないと思ったけど。

「だーめ」

あれ、デジャヴ。
って、この前のメールの時にも言われたことだった。

『だーめ、じゃない!可愛いけど、可愛いけど騙されないからね!』

そう言い放つと、双熾は微かに笑う。
顔をあげると、彼の色違いの瞳がすぐそこにあった。

え、と目を見張ると、唇に温かなものが触れる。
少しだけくっついて、ゆっくり離れて。

まったくの不意打ちで、心の準備なんてしてなかった。
彼はあまり唇にはキスしないから、慣れているわけがない。

頬が熱かった。

「…これで、許して下さいませんか?」

あくまで楽しそうにしている双熾が、少しうらめしい。

彼の腕をほどいて、起き上がった。

『知らないっ!先に行ってるから!』

捨て台詞めいたことを言って、双熾の部屋を飛び出す。



ちょうどよく来たエレベーターに駆け込んで、ドアを閉じるボタンを連打する。


動き出すエレベーターの壁に寄りかかり、頭をコツン、とぶつけた。


穴があったら入りたい。

むしろ埋もれたい。



深いため息をついて、揺れに身を任せた。





 

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