短編

□Keep it.
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お風呂からあがり、ソファに座って水を片手にぼんやりとしていた。


そろそろ生乾きの髪を乾かさないと。

そう思って立ち上がろうとするが、

「しーたんみーっけ!」

突然ハイテンションすぎる声が聞こえた。

かと思うと、肩や背中に重みが加わっる。
びくっとするも、上から押し付けられるような体勢なので、動いたのは頭くらいだけど。

夏目か。

ああいう口調で話し、かつこういう風にのしかかってくるのは、私の周りで彼しかいない。


まあ、彼以外にもそういう人物がいたとしたら、私は自分の交友関係を疑問視しそうだ。

こんな濃すぎるキャラ、ひとりで十分だ。

『どうかしたの?残夏さん』

読まれてないといいな、と思いながら背後に向けて尋ねる。

「ん〜、なんでもないよ〜」

なんでもないのか!
心の中で突っ込む。

なんでもないのに、こうやってスキンシップをとるのは夏目らしいけど。
されてるこちらは正直心臓が持たない。

異性と接触する機会なんてあまりないから、どうすれば良いかわからないし。

あと、夏目は淡い好意を寄せている人でもある。

『えっと、その…はなれてください…』

消え入りそうな声で頼む。


ああ、もう。


顔が熱い。
きっと、すごく赤くなっているのだろう。

「ヤーダ。離してあげない〜」

意地悪な声音でささやいた夏目は、私の腰に両腕を巻きつけて、ぎゅっと抱きしめる。


頭が真っ白になった。


回された腕が熱いだとか、耳元にかかる吐息がくすぐったいだとか、それだけしか考えられない。

私の胸元にすべり落ちた赤銅色の髪から水滴が、着ているシャツを濡らして。
まるで、私が染められているように、白いシャツは透けていく。

『ざ、残夏さん、髪、ちゃんと拭いて下さい…っ』

我に返って、夏目の腕をペシペシ叩く。
良かった、冷静さが戻ってきた。

「うん」

くぐもった返事が聞こえたけど、どいてくれる気配がない。

『残夏さん?』

頭を肩に押し付けられ、じわりと水分が染み込む。
シャツが張りつく感覚に、落ち着かない気分になった。

「うん」

髪を乾かさないと風邪を引くのに。
あまり身体が丈夫じゃない夏目なら、今のこの行為はタブーだ。

『…あと少し、だけだよ』

そしたら大人しく髪を拭いて。
仕方なく妥協すると、了承を伝える言葉が聞こえた。

恥ずかしさはまだあるけど、もう頭がショートするほどではない。


まあ、いいか。


短く息を吐く。

そっと背中を預けると、より強い力で抱きしめられた。身体の緊張を解いて、目を閉じた。



先ほど夏目に発した言葉は、果たして、彼にのみ向けたものだっただろうか。

きっと、あれはうっかりこぼしてしまった、私の願望。



あと少しだけ、このままで。





 

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