Neptune

□第一章
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春は好きだ。
たくさんの出会いがある季節だから。

少し立ち止まって、ふわふわと軽やかに落ちる桜の花びらを器用に手で受け止める。
私が今向かっているところも、きっと素敵な出会いがあるのだろう。

手の中の花びらにふっと息を吹きかけ、もう片方の手に握るキャリーバックの取っ手を掴みなおした。
再び歩み始める私の心は、期待と不安が詰まっていた。



『―メゾン・ド・章樫…ここが…』

今日から私の住まいとなる。
胸の中で呟いて、開放された門をくぐる。


軒先に差し掛かったところで、図ったようなタイミングでエントランスの扉が開き、ひとりのひとが姿を見せた。
私と同じ年頃の男性。

「お待ちしてました。初めまして、本日から海神さんのSSを務めます狗堂です。」

そう言って狗堂は人懐こい笑顔を浮かべた。
とても親しみやすそうなひとだ。

『初めまして。海神白刃です。今日から、どうぞよろしくお願いします。』

彼は私のあいさつを聞く間も、やはり笑顔だった。
なんとかやっていけそうで、胸の内の不安が減ったように感じる。


部屋に案内してもらう間に、フルネームは聞いておきたいな。



狗堂さん―狗堂真咲は私のひとつ上の、高校2年生だった。

ちなみに、自分の名前は妙に女の子っぽくて恥ずかしいそうだ。
確かに「咲」がつくと女性的な印象を受ける。
そのことについて話してくれた時、狗堂さんは照れくさそうに笑っていて、なんだか可愛らしかった。



到着から数時間後、昼食時に狗堂が部屋を訪ねてきた。

「海神さん、食事は基本的にラウンジで摂ることになるので、案内します。」

ラウンジ、なんだかお洒落な響きだ。
私の実家は純和風の屋敷だから、馴染みがなくて新鮮だな。

『ご親切に、ありがとうございます。』

狗堂は笑って頷いた。

そういえば、私が敬語を使うと狗堂さんは苦笑するような雰囲気になる。
でも、そしたら年下に敬語を使うことのほうが妙なのでは、と思う。

少ししてから、相手は仕事だった、と思い出した私は、その考えを引き下げた。



「お〜、その子がもうひとりの新入りか?」

ラウンジに入ると、奥から間延びした声が聞こえた。
その言葉に女の子が反応する。

「もうひとり?僕の他にも入居者がいるのか」

意外そうな声だ。
それよりも、女の子なのにそれらしくない言葉遣いが印象に残る。

「そうだよ、彼女は海神白刃さん。ちよちゃんの一階上の5号室に入居されたんだ」

狗堂が女の子に話す様子がとても親しげだった。

話を聞いている限り、彼女も私と同じで最近入居したのだという。
でも、あの様子だと以前から親交がありそうだ。

狗堂と女の子が話しているのをそれとなく視界に入れながら考えていると、いつの間にか彼は私の方を向いていた。

「海神さん、あちらの方々を紹介します。」

狗堂に促されて、私は先ほどの2人がいるテーブルに近づく。

それに合わせて女の子が顔をあげる。


サラサラの黒髪に、白い肌。
とても綺麗な子だ、と思った。


『海神白刃です。今日からよろしくお願いします』

なんて当たり障りのないあいさつだろう。
自分で自分の味気ない言葉に突っ込みをいれる。


ちよちゃんと呼ばれた女の子が、いきなりあごをつんとあげてふんぞり返った。

「ふっ、ご丁寧にどうも、とでも言っておこうか。」

さっきまでおとなしかった彼女が豹変し、尊大な態度になる。

そんな変化に、私は驚きを隠す暇もない。
ただ唖然としていた。


すると、彼女はぴしりと背筋を伸ばした姿勢に早変わりし、


「白鬼院凛々蝶です。よろしくお願いします。」

何故か丁寧な口調で自己紹介してくれた。

なんだろう、このちぐはぐさは。

『よ、よろしく…。』

かなりの衝撃を受けていて、一瞬口ごもってしまった。


そのまま白鬼院と一緒になって固まる。
どうして彼女も固まっているのかわからないけど、声をかけることすら忘れていた。

「あー、この子、昔からの癖でいつも悪態ついちゃうんだよねー。これでも喜んでるから、きにしないでやって。」

沈黙を破ったのは、先ほども聞いた声だった。

白鬼院の正面に座っている、顔に模様のある男の人に顔を向ける。

「俺は反ノ塚連勝。凛々蝶の兄貴分です、よろしくー」

見た目は少し怖いけど、穏やかな雰囲気を持つ人だと思った。
よろしくお願いします、と返して会釈する。

なんだか、仲良くやっていけそうな気がした。




同席させてもらって、白鬼院に話しかける。

『白鬼院さんは何年生ですか?私は今年から高校生です。』

「僕も高校1年だ。そんなこと、知ってどうする?」

素っ気ない返事だけど、返してくれるから良かった。

『本当?じゃあ同い年だね。改めてよろしく、ちよちゃん!』

同い年だと聞いて、嬉しくなって微笑むと、彼女はぎょっとしていた。

「な、いきなり馴れ馴れしいな、君は。ふんっ、せいぜい僕の邪魔はしないでくれよ。」

言葉だけを聞けばきついけど、彼女は頬を赤くしていた。

照れてるのかな。

そう思うと、凛々蝶の可愛らしさに笑みがこぼれた。

『うん、わかった。』

笑っている間、凛々蝶が私をとがめる事を言っていたけど。
もうそんなに気にならなくなっていた。

素直に気持ちを伝えられないだけで、本当はとても良い子なんだろう。



その後、凛々蝶のSSの御狐神双熾という人に会った。

第一印象は礼儀正しくて良い人。
だけど、凛々蝶の犬だと自己紹介された時には度肝を抜かれてしまった。

ああいう人って本当にいるんだ。



驚きの連続だった昼食を終えて、自分の部屋に帰る途中だった。

「どうですか?」

突然狗堂さんが私に問いかける。
どう、って。
ここの人たちのことだろうか。

『なんだか…個性的な人だらけですね。』

苦笑まじりに呟くと、狗堂さんは小さく笑った。

「そうですね、そういう住人が集まりやすいみたいです。」

先ほど会った住人たちも、皆性格が異なっていた。
それも、それぞれ極端に、だ。

『だからこそ、楽しく暮らせそうです。』

住人たちとの会話を思い出して、吹き出しそうになる。

特に反ノ塚がボケとツッコミの両方に対応しているのが面白い。

「そうですか…。」

私の答えを聞き、どこかホッとしたように呟く。
きっと、馴染めるか心配していてくれたのだろう。



口にするのは恥ずかしいから、ありがとう、と心の中でささやいた。






 

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