Dearest.
――また、春が来た。
――君のいない春が。
そもそも、作られた四季を春と称していいのか迷うけれど、見上げた先に桜が満開に花を咲かせているのならそれでいいことにした。
本当は一年中咲いていて欲しいと願ってしまう。
そうすれば、この桜を目印に君が帰ってきてくれそうだから。
それは、叶わない夢なのだろうか?
でも、たとえ皆が諦めてしまっても、自分だけは望みを捨てたくはなかった。
君が、この世のどこかで生きていると...。
だからこうして今日も、桜の下で君の帰りを待っている。
「キラ」
優しい女性の声がキラを呼ぶ。
振り向くと、声と同じく優しげな微笑みを浮かべる桜の妖精がいた。
桜色の髪を持つ彼女は妖精といっても過言ではないほどに愛らしく、時に凛としていて美しかった。
「ラクス…」
「やはり、こちらにおいででしたわね」
ラクスが纏う雰囲気はふんわりとしていて居心地がいい。だからといって依存してはいけないのだけれど。
「朝から何も口にしておられないでしょうから持ってきましたの」
彼女はサンドイッチの入ったバスケットと紅茶のボトルを携えていた。キラの傍らに腰を下ろし、熱い紅茶を注いで手渡してくれる。
「ありがとう」
「今年も綺麗に咲きましたわね」
ラクスはアスランのことには触れてこない。ただ、そっと寄り添うように傍に居てくれる。甘い湯気が香り立ち、穏やかな空気に誘われるように胸中の思いが自然と口から零れてしまった。
「…アスラン、元気だよね?」
「キラ…」
「っ…ごめん」
いつまでもアスランを引きずって、見苦しいばかりで…。ラクスにも心配をかけてしまって申し訳ないと思う。それでもラクスは僕を責めたりはしなかった。
「キラがアスランを想うのなら…、きっと大丈夫ですわ」
あの日、メサイヤにジャスティスで突入したアスランがMIAだと聞かされた僕は哀しみにくれた。必ず生きて帰ろうねと誓いあったのに。
置いていかれた寂しさと、置いていった罪悪感に苛まれる。
君が居ない世界で、僕はどうして生きていけばいいのかわからなくなった。
あれから三年の月日が経っていた。
傷は少しずつ癒えてきたけれど、心にはぽっかりと大きな穴が空いたままだった。
誰にもこの穴を埋めることなどできない。
彼だけが唯一の...。
「キラぁ〜!!」
「あら?あれは...」
「シン…」
青空にくっきりと映える黒髪と、遠くからでもわかる赤い瞳が印象的な彼は先の戦争で家族を亡くしていた。
出会った当初は殻に閉じこもり、ラクスたちが打ち解けるのに苦労していたようだが、何故かあまり関わりを持たなかったはずのキラに懐くようになっていた。
彼はキラ、キラと自分を兄のように慕ってくれ、その間だけはアスランのことを深く考えないでいれた。
「キラっ!!」
「シン、何かあった?」
「何かあったじゃないよ!これっ!さっき届いたんだっ!」
シンの手には白い封筒が握られていて、キラの胸元に突き出される。
「僕に?」
「そうだよっ!キラが待ってた“アスラン”からだっ!!」
「っ!?………アス、ラン?」
俄には信じがたい人の名前に心臓が止まりそうなほど驚き、自然と溢れ出した涙で視界が滲む。
シンから受け取った封筒の宛名には『キラへ』と書かれ、差出人には『アスラン』とあった。
見紛うことのないアスランの筆跡に懐かしさが込み上げ嗚咽が漏れる。
待ち続けたアスランからの連絡。何故、今頃になって?とか、そんなことを考えるよりもアスランが生きていた事実に涙が止まらなかった。
「…アスラン…」
桜の花びらが一片、白い便箋に舞い落ちた。
end.
up@2010.4.11