無自覚な恋

□無自覚な恋◆2.侵入者
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「ただいまっ!」


鍵を差し込んで急いでドアを開ける。
走ってきたにも関わらず、シンの息はあまり上がっていなかった。
元々、体力はあるほうなので負担にはならないのだ。
早くキラの元へと行こうと靴を脱ぎ出した時に初めて、玄関に見慣れない男物の革靴があることに気づいた。

来客予定なんて母さんからは聞いていない。
一瞬、単身赴任中の父さんか?とも思ったけれど、それなら尚更なにも聞かされていないことがおかしい。
いままで突然帰ってくることはなく、いつも赴任先から土産はなにがいい?という連絡があるはずで...。

ますます不信感が募り、キラの身が心配になった。
何しろ日中、彼は広い自宅に一人きりなのだ。
靴を脱ぎ捨ててリビングへと向かうと、キラの定位置であるソファに姿はなく、シンは二階への階段を駆け上がった。


キラの自室をノックすることもなく開け放ったシンは、そこにあった光景に息を呑む。
ベッドヘッドに身を預けるようにして座り、パジャマの前を肌蹴たキラがこちらを驚いたように見ていた。
その前には見知らぬ男がいて、そいつがゆっくりと振り返る。

「な!何やってんだよっ!!?」
「シン?」
「お前っ!キラに何したっ!!」

男に掴みかかろうとしたシンだったが躱されてキラの座るベッドへとダイブする。
カッと怒りが沸いてシーツをギリリと握りしめると、そんなシンを宥めるかのようにキラのほっそりとした手が重ねられた。

「落ち着いて?シン」

キラのやわらかな声に激高していた熱を冷まされかけたが、肌蹴られたパジャマから覗く胸元に再び怒りが蘇る。
シンは無言でパジャマのボタンを閉め出した。

「シン?一体どうしたの?...」
「そいつが噂の弟か?いきなり失礼な奴だな」

ピクリとシンが眉間に皺を寄せ、不穏な空気を感じたキラはシンの手を掴みながら口を開いた。

「弟が失礼しました。シン、彼はお医者さんだよ」
「はぁ!?医者ぁ?」

シンは胡散臭いとばかりにスーツの男を睨む。
いままで検診に来ていたのは女性だったはずで、シンも彼女とは何度か話をしたことがある。
だから尚更、突如現れた医者だと言う男が信じられない。

「ていうか、キラの担当医はエザリア先生だろ?」
「俺は息子のイザークだ。これからキラの担当を引き継ぐことになった」
「なっ!息子ぉ?!」
「シンと言ったか...、以後よろしくな」

すっと握手を求めるかのように差し出された手を、シンは一瞥しただけで無視した。

(誰がよろしくなんかしてやるかよ)

イザークはふっと鼻で笑い、差し出した手を下ろすと仕事道具を鞄にしまい始めた。

「キラ、とりあえず抗生物質は出しておくが、大事なのは充分な睡眠を取ることだ」
「はい、イザーク先生。有り難うございました」
「ああ、後は威勢のいい弟に任せよう」

不適な笑みをシンに向けてイザークは部屋を出て行く。

「シン、先生を見送ってきて?」
「はぁ!?なんで俺が...」
「だって母さん居ないし、他に頼めるのシンだけなんだもん」

正直、あの医者は気に入らなかったがキラの頼みならば断る理由はなく、シンは重い腰をあげた。
階下に下りていくとイザークはちょうど靴を履き終えたところだった。

「あの...」
「ん?まだ何か用か?」
「いえ、キラに見送れって言われたから...」

自分の本意ではないのだと言葉だけでなく態度でも示す。

「......ひとつ忠告しておくが、あまりキラに干渉しすぎるな」
「なっ!?どういうことだよ!」
「どうもこうも、そのままの意味だ。...それに所詮、不毛な恋だ」
「っ!?」

憤るシンの目の前で玄関のドアが音をたてて閉まる。

『恋』だと、確かに彼は言った。

そして、再び蘇るルナマリアの言葉。
『それって、要するに恋でしょ』


これは恋?

...これが恋?


シンはいつまでも玄関に立ち尽くしていた。


end.
2009.9.7
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