短編&拍手文

□幼き日の温度
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 僕の父は無口な人で、働き手は中流企業なためどこにでも居そうな人だった。
 朝、起きた頃と夜、寝る頃、そして行って来ますとただいまのときに頭を撫でてくれる。頭上に残る温かい体温を感じる事で安心する事ができた。
 休日になると、毎回の様に散歩に一緒に行った。小さいときから手を繋いで散歩してるため、今でも手を繋ながら散歩してる。「恥ずかしいから手を繋がないでくれ」と頼んでも、「休日だからいいだろう」と言われるこのやりとりを何回しただろうか。散歩のルートは色々あるが、最後にとある広場に行くのが定番である。木に囲まれた中、父と二人で喋るのは楽しかったし、年に一度、家族三人揃って備え付けのベンチに座りながらお花見するのも楽しかった。しかし、とある広場の名前は教えてくれないし行き方も教えてくれないのだ。何度も「教えてくれ」と頼んでも教えてくれなかった。


 一方、母は面倒ぐさがりやだった。掃除と洗濯は週に一回しかしないし、集金の話をしても「金庫からとってって」と言われた。やることがなければソファーで寝ている、そんな母だった。
 しかし、三食だけはしっかりと作り、弁当などはいつも凝ったものだったので遠足の日は楽しみだった。
 そして、僕がどんな時間に帰ろうが救急箱を持ちながら玄関に来て、「おかえり」と告げるのだった。そして、どんなにボロボロでも何も言わずに手当てをしてくれた。その時に触れる、母の冷たい手が気持ち良くて好きだった。

 そんな父と母の手を握りながら寝るのが、幼い頃から大好きで今はほとんどしなくなったが不安な日や緊張して眠れない日は必ず、こうやって寝ていた。僕は父と母が大好きだった。直接、思いを伝える事はなかったが心の片隅にいつもその思いがあった。


 なのに。どうして。僕の大好きで大好きな父と母が。死ななければいけないのだろうか。




幼き日の温度




(僕の小さな我が儘で)
(父の遺言書に書いてあった)
(とある広場の片隅に)
(墓をたててもらった)





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