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□act.8
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こちらで指定したレストランの個室、2時ちょうどにイルミ=ゾルディックは現れた。
用事を足していたのか服装はスーツで、席に着くと同時にネクタイを緩める。
ルナとテトラは並んで座っていて、彼とは向かい合う形で顔を合わせた。
「君が彼女の仲間?へえ、二人でやってるんだ」
「はい、テトラと言います。話はルナに聞きました。イルミ=ゾルディック、暗殺者の貴方が…」
「ちょっと待って、君までゾルディック呼び?面倒くさいからイルミでいいよ」
イルミが訂正したところで店員が注文を取りに来て、三人ともコーヒーを頼む。
室内は意図的に荒く塗った白壁に黒に近い濃茶の窓枠とドアで、ヨーロッパの民家のような造りだった。
同じ色の広いテーブルにイルミは肘を置いて、片手でジャケットのボタンを外した。
「で、なんだっけ?」
「はい。ではイルミ、幾つか質問をさせて下さい」
「どうぞ」
「ルナが命を狙われているというのは本当ですか?」
「本当だよ。この間ダグラスの屋敷で会った時に何か持って帰っただろ。たぶんそれのせいだね」
「それで、雇われた殺し屋は貴方ではないと?」
「やっぱり疑われてた?俺も疑われると思ったんだよね。こうして個室で会ってるしさ、今殺せば仲間も同時に片付く」
「質問の答えになっていませんが」
「ああ、ごめん。今はまだ詳しくは言えないけど、俺じゃないしうちの家族でもない。まだ疑ってる?」
「いいえ。分かりました」
「へえ、けっこう簡単に信じるんだね」
「まず貴方が嘘を吐く理由がない。そんな嘘を吐かなくても、今この場で数秒もあれば僕たちを殺せるでしょう。例え信用しなかったとしても僕たちは逃げられませんから、ここに来た時点で貴方に賭けています」
「期待されてるんだ?俺」
「決めたのは僕じゃありません。ルナが貴方を信じたいと言ったので」
「ふーん」
イルミはルナに視線を寄越した。まじまじと見られてルナは目を泳がせる。
信じられるではなくて信じたいという願望ではあったが、結局ルナが決断した。他に当てもないし、イルミが強いのは充分に分かっている。
以前テトラが口にした二つの信念のどちらかを当て嵌めるとしたら、“嘘など吐かずとも仕事をやり遂げる”がより彼に近い気がした。
もっとも信念というよりは自信、無意識のプライド、気分次第で突然捨てられる不安定なものだと予想もしたけれど。
「それで、護衛とは具体的にどの程度考えていますか?」
「それは君たちの希望次第だけど。24時間密着して欲しいっていうんなら考えるよ」
「えっ…!」
「まあそれは冗談だけど。俺にも仕事とか大人の事情があるし」
思わず声を上げたルナをイルミは軽く流した。何なんだろうこの人…惚けているというか飄々としているというか、やはり真意が見えないとルナはその横顔を見つめる。
対して二人は淡々と交渉を進めていて、ルナはコーヒーに口を付け話の行方を見守った。
「仕事の時に同行してもらう、というのは可能ですか?それ以外でもお願いする事があるかも知れませんが」
「構わないけど、君たちの仕事って泥棒だよね?」
「はい。もちろん貴方に盗み出して貰う訳ではありません。事前準備から実行まで全て僕とルナでやりますから、彼女の護衛だけをお願いします」
暗殺者から守って貰えさえすれば、後は今まで通りで問題ない。何事も力で何とかしようとしそうなイルミに不安こそあるけれど。
「いいよ。ただし仕事に付き合うならその日の報酬の70%は貰うよ?」
「構いません。それで、こちらを狙って来る者の事なんですが、暗殺者以外の警備員や警官、ターゲットの所有者は出来るだけ殺さないで頂きたい」
「えー?面倒くさい注文つけるね。山のように居たらにどうするのさ」
「その時は動きを止める程度に留めて下さい」
「そんな事出来るかな。殺しちゃうかも」
暗殺者以外と言ったのは当然暗殺者を殺す前提だ。イルミも何も言わない事から彼にとっては口に出す事でもないのだろう。
殺さなければ殺される。単に仕事の邪魔をする警官とは訳が違うので、やはり死んで貰う他ないと昨晩テトラは言った。
命を狙われて尚情を掛けるのが正義だと思う程、純心でもないし聖者でもないと、ルナも同意した条件だった。
「無理は言いませんが出来る限りお願いします。実弾を向けられたり正当防衛と言える時のみ…いや貴方なら避けられる方法はいくらでもあるでしょうね」
「まあ、わかったよ。ターゲットは暗殺者って事で、それ以外は殺さないように気を付ける」
「では、宜しくお願いします」
頭を下げたテトラを見てルナも慌てて動きを真似る。
報酬は一回の仕事毎に盗品の価値を算定したあと振込みする、という事で話は纏まった。
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