melt

□act.2
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ダグラスの主はレストランやホテルを幾つも所有するオーナーで、数年前からはビジネス雑誌などにも取り上げられ、業界で注目を浴びていた。

まだ独身だが大邸宅に趣味の高級車を何台も所有しており、かなりの資産家だと思われる。

「でも、どうもいけ好かないのよね」

トマトソースを口の周りに付けたまま、ルナは薄目で雑誌の記事を見る。

「そう思っている人は、少なくないみたいですよ」

テトラはティッシュを2、3枚取って口を拭けという暗示と共にルナに押し付けた。

「やっぱりね。笑顔がいやらしいもの」

「そういう理由じゃないと思いますが」

「この髪もたぶん植毛ね」

「そこは放っておいてあげましょうよ」

ルナはティッシュでテーブルを拭き、丸めてゴミ箱に放った。

「せっかく植えた髪もまたすぐに寂しくなるわ。大切な闇の地図が消えちゃうんだからね」

「テーブルじゃなく、口を拭いて下さい」





それから何日かは、ダグラス邸侵入の準備が続いた。

テトラは情報収集とセキュリティーの解析に寝る間も惜しむ程多忙を極め、逆にルナはさほど忙しくなかった。(正直暇だった)

あまりに暇過ぎて、普段は行わない念能力のチェックなんてしてみる。

ルナは自身の姿を消す念能力を持っていた。

と、言ったらすごく便利で素晴らしい能力に聞こえるかも知れないが、実際はそれ程でもなかったりする。

物理的に消える訳ではないので見た目の姿を消すという事だが、肉眼とカメラは欺けても赤外線にはしっかりと映り込んでしまうし、センサーも同様に引っ掛かれば鳴る。

また消えていられる時間がその時々で異なり、予兆なく姿が現れてしまう。

そう、全く持って“使えない”能力。何とかならないかとルナは常に思っているのだが、今のところ何ともなっていない。



ルナはリビングの大きな鏡の前に立って念を発動し、久々に姿を消した自分を観察した。

(うん、消えてる)

とても人様には見せられない格好をしてみる。

(きゃー)

ちょっとセクシーに決めてみる。

(うふん)

どすんとシコを踏んだところで、鏡越しにテトラと目が合った。

(…なに?そんなに振動が?)


「今赤外線のテストを…」

「ちょ…それこっち向けないでよ!」

ルナは慌てて足を閉じたが、テトラは彼女の話をまるで聞いていない様子で顎に手を添える。

「やはり関知してしまいますね」

「映すなら映すって言ってよ」

「あ、姿が現れましたね」

振り向き見た鏡にはショッキングピンクのロングパーカーを着た自分が鮮やかに映っていて、またも前触れなく念が切れてしまったとルナは肩を落とした。


「全く、中途半端な能力…」

「過信しなければ役立つ時が必ずありますよ」

「本当にー?」

「ええ、本当です」

にっこりと笑うテトラに言われると、何だかルナもそんな気がして来る。

「テトって妙に説得力あるのよね」

「そうですか?ルナが単純なだけですよ」

「何よーバカにして」

「馬鹿になんてしてませんよ。女性は単純な方が可愛いって言うじゃないですか」

「可愛い…ってその歳で…テトに言われたくないわ」


もごもごと呟いたルナは前髪を引っ張り、照れ隠しに手で視界を遮った。

「一般論を言ったまでです。僕がルナをそう思うか否かはまた別の話ですし、今のところそんな兆候はないですね」

「なっ…何よもう!」

「どちらにしても気に入らないんじゃないですか」

無駄に照れた事で余計に恥ずかしくなったルナは、見取り図を掴んでソファーに沈み込んだ。

テトラもくるりと椅子を回転させて再び画面に向かい、日が暮れるまで作業に没頭した。




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