AGEHA**
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夜の海は、何処までも続く黒い砂漠の様だ
オールが掬うちゃぷんという水音が聞こえなければ、海の上に居る事を忘れそうになる
慣れた暗闇の中でも、この一帯の闇は一際深い
目の前に広がる空間の闇と、水面下に深淵と潜む闇とが、共鳴して作り出す常闇の渦
海の底から絶え間なく沸き上がって来る、呻きの様な
太古、海には魔物が棲むと人々が詠ったのも、強ち分からなくもない
そんな事を思いながら、イルミのボートは静かに水の上を滑った
眠らずに漕ぎ続ければ、夜が明けた頃には目的の島を肉眼で確認出来るかも知れないと、イルミがオールを握り直した時、状況に不似合いな電子音が響いた
(あ、携帯…)
先程海に投げ出されたにも関わらず、内ポケットから着信音が鳴っている
出発前、何かと便利だからとミルキに最新機種を薦められたが、機種を替えるのは嫌だとイルミは駄々を捏ねた
衛星通信機能を搭載した携帯は海の上でも通話可能だが、ミルキが防水加工を施していなかったら、今頃沈黙していたに違いない
人の携帯に触るなと拳固で殴った事を、イルミは少しだけ悔いた
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