薔薇の記憶(過去作品)
□過去SS
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それはむしろ輪廻のような(雷妖)
「・・・初めて見たぜ。」
湿った風がごうっと音を立てて吹き抜ける。
ざわざわという木々の声と、遠くで落ちる雷のうめき声がうるさい。
「噂には聞いていたが、まさかここまでべっぴんだったとはなぁ・・・」
珍しく驚きの表情を浮かべ、それでもどこか喜びを表した笑みのまま雷禅は指をのばす。
「妖狐蔵馬。」
「お前が・・・雷禅か。」
「ほぅ?俺もそこそこ有名ってことか。」
「ふん。お前を知らん奴がいるなら会ってみたいものだ。」
頬をすべる指をそのままに蔵馬は目の前の男を睨み上げた。
たまたま盗みに入った先が雷禅のテリトリーで、たまたまそこに来ていた雷禅に、たまたま見つかった。
その偶然が自分を死に追いやるには充分だという事をどこかで蔵馬はわかっていた。
「名を上げたいのか?」
「・・・・・。」
「俺の物になるのが手っ取り早いぞ?」
頬にあった指はいつの間にか銀髪を梳かしていた。
一本一本の銀が絹糸のように冷たく滑らかで、雷禅の意識は無意識のうちに指先に集まっていた。
「なぜ・・・」
妖狐の金色の瞳はそれにすら動じず、細い声を奏でる。
「人間を食うのをやめた?」
「・・・そんな事まで有名なのか。その前にお前、俺が質問してるのに・・・」
「人間の女がそんなに良かったか?」
蔵馬のその言葉に雷禅の目が見開いた。
それを蔵馬は目を細めて笑う。
魔界の頂点にいると言ってもおかしくない男が自分のたった一言で一瞬とはいえ余裕を失った様が面白い。
「・・・ある一瞬でそれまでの自分を全部ひっくり返される瞬間がある。それが出会いか別れか、はたまた生か死か・・・」
「・・・・・。」
「お前にも・・・いつか来るさ。」
「お前ではない事は確かだな。」
「くくくっ・・・言うねぇ。」
雷禅はゆっくり銀髪に己の顔をうずめる。
自分を変えるのはお前じゃないと言い切ったその身体をうらめしく思いながら。
そして、とても愛しく思いながら。
「ここでお前を抱いても、お前は変わらないという事か。」
「言ったはずだ。俺を変えるのはお前ではないと。」
「悪あがきぐらい・・・させろよ・・・」
銀髪を揺らしながら蔵馬は思った。
今自分が見下ろしている男は、まぎれもなく闘神。
なのにこの男はひどく優しく自分を抱く。
その瞳は自分ではない誰か・・・この男を変えた者を見ている。
それが無性に悔しくて、蔵馬は彼を締め付けながらその唇に噛み付いた。
「俺を・・・変えに来いよ。」
「いつになるかわからんぞ?」
「それでも・・・」
自分の中に解き放たれた熱を感じながら、揺れが止まった事に一抹のむなしさを感じながら。
「俺を変えに来い・・・。」
「蔵馬!!」
「あっ・・・はい?」
「さっきから呼んでるっつーの!」
「あぁ、ごめんごめん。」
タバコをふかしながら自分を覗く彼に謝る。
彼との出会いが俺を変えたといつからか認めていた。
その彼の中に確かにある血。
2人は別々に存在していたけれど、あの男が死んだ今・・・
「俺を変える為に残してくれた・・・そう自惚れてもいいか?」
空を見上げてその言葉を風にのせた。
end
2005.7.28の日記より。
雷禅と蔵馬の話はいつかちゃんと書いてみたいです。