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□おひるね。
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「シエルー!遊びにきたぞ」
シエルを驚かせようと飛び込んだ昼下がりの執務室。窓から差し込む暖かい光にうとうとまどろんでいたらしいシエルは、突然のことにびっくりして目を覚ました。
ぼーっとしたシエルと目が合う。俺は苦笑しながらシエルに歩み寄った。
「なんでお前がいるんだ…」
「なんでって決まってるじゃないか。シエルに会いに来たんだ」
「…仕事を放り出してまでか?生憎僕は忙しい。お前みたいな暇人に構っている時間はない」
頭を撫でようとした手を払いのけられ、シエルは俺の存在を無視してあくびをしながら山積みになった書類に手を伸ばす。
シエルの隣でなんだかんだと質問を重ねるもシエルはこたえてくれない。
久々に会えて嬉しいのは俺だけなのかと少し虚しくなった。
「シエルーなあってばー」
「うるさい!あっちへ行ってろ」
「イライラは良くないぞシエル。息抜きでもしたらどうだ?アグニにチャイを淹れさせよう」
「いらん。息抜きする時間などない。」
ふいとそっぽを向いてしまったシエルに俺は眉を顰めた。
いつものことではあるのだが、今日のシエルは眠いのを堪えているせいかいつもより苛立っているように感じる。
しぶしぶソファに腰を下ろし、背もたれに顎を置きながらじっとシエルを観察することにした。
書類の文字をゆっくり追う大きな青い瞳は、シエルの小さな親指に不釣り合いなほど大きい指輪の色とよく似ている。
代々受け継がれる大切な指輪なのだと、以前シエルの執事から聞いた。
「…じろじろ見るな、集中出来ないだろう」
俺の視線に気付いたらしいシエルが少し照れたように言った。
やっと見せてくれた可愛らしい反応に自身の頬がだらしなく弛むのがわかる。
シエルは再びため息を吐いて、仕方ないな。と言いながら書類を机の上に置いた。
「1時間だけ構ってやる。」
「本当か?」
ソファから勢いよく立ち上がった俺にシエルはただし、と言葉を続ける。
「僕は寝る。お前も昼寝をするなら一緒にいてやってもいい」
そう言ってシエルは再びソファに俺を座らせ、肩に頭を預けて寝てしまった。
右半身に緊張が走る。
「これじゃ俺は寝れんな…」
すうすう規則正しい寝息をたてるシエルを起こさないよう注意しながら頭を右に向けてシエルの寝顔を眺めた。
俺とは違う真っ白な頬はまだ子供らしく丸みを帯びてシミひとつない。
先ほど見ていた青い瞳は閉じられてしまって見えないが、それもまた可愛らしいのだ。
堪らなくなった俺はゆっくりとシエルを抱き上げ、膝の上に向かい合わせになるように乗せた。そのままぎゅうっと抱きしめる。
シエルの匂いが鼻腔いっぱいに広がった。優しくてどこか甘い匂いに頭がくらくらする。
「シエルー…」
小さく呼んでみるもシエルは寝息をたてたまま。よっぽど疲れていたのだろう。
俺よりも年下でありながら会社経営に習い事にと忙しく働いている。
そのせいで俺は全く構ってもらえない日が多いのだが、押しに弱いシエルはしつこくしつこく粘っていれば結局少しの間だけでも時間を作ってくれる。
本当は一日中一緒にいたい。
だがそれはシエルが困るといけないから口に出したことはないのだ。
「…ん」
少し身じろぎするシエル。
赤ん坊を寝かしつける時のように背中を叩いてやると、ゆっくり俺の背中に腕を回してきた。
「シエル…?起きたのか?」
「…まだ寝てる」
寝言にしてははっきりとした返事。
おかしくなって笑うと眉をしかめたシエルが俺を睨みつけた。
「ベッドがうるさくて眠れない」
「そうなのか?だったら早く直さないとな」
「お前のことだ。馬鹿王子」
両頬を軽くつねられ、痛い痛いと慌てる俺を見てシエルは笑う。
しばらく頬を伸ばしたりして遊んでいたシエルの両腕を捕まえ、つねるのを止めさせた。
シエルはつまらなさそうに唇を尖らせ、欠伸してもう一度俺の胸に頭を置く。
「…ねむい」
「寝てていいぞ。おやつの時間には起こしてやる」
「だがそろそろ仕事が…」
「大丈夫、なんとかなるさ」
「…」
夢現のシエルはそれでも仕事のことを気にかける。
これだけ眠そうにしているということは相当無理をしているはずだ。
シエルの頭を撫でながら時計を見る。
シエルの執事がおやつを運んで来るまでまだ時間があることを確認して、俺も目を閉じた。
―――シエルの執事がおやつを運んで来たとき、シエルの執事は俺たちを見てきっと呆れ顔でため息をつく。
それから二人揃って説教されるのだろう。
あいつのことは恐ろしいが、今が良ければそれで良し。
半ば現実逃避しながら、俺も夢の世界へと旅立ったのだった。
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