ぬら孫

□鴆登場、二度目の覚醒
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学校からの帰り道。
リクオの足取りはいつもより軽い。というのも、隣を歩く人がいるからだ。

「狐ノ依、学校は楽しい?」
「まだよく分かりません…。とても煩い場所だということはよく分かりました」

先日の旧校舎の件以降、狐ノ依は一緒に学校に来るようになった。
共に学校へ。それはリクオにとって予てからの夢でもある。

同じクラスで無かったことが残念で仕方がないが、それでも嬉しさの方が遙かに勝っていた。

「学校に行けばリクオ様とずっと一緒に居られると思っていたのに…。そうでも無いんですね」
「うん…」
「リクオ様の近くに居られなければ意味がないのに」
「そんなことないよ。ボクは、同じ空間を共有出来るだけで嬉しいし」
「リクオ様…」

ぱっと狐ノ依の表情が明るくなる。
確かに、置いて行かれていた頃と比べればずっといい。
嬉しさ故に、狐ノ依の足の進みが速くなる。残念ながら、歩幅も狐ノ依の方が大きい。

「狐ノ依、ちょっと待ってよっ」
「あ、はい。申し訳ありません」
「いや…いいんだけどさ」

せめて身長だけでも狐ノ依を抜きたい。
隣を歩きながら、リクオは自分の背の低さに少し虚しくなっていた。




「ただいまー」

がららっと扉を開けて、家の中に入る。

「あ、お帰りなさいませ若!狐ノ依殿!」

帰宅した二人を出迎えるのは、小さな奴良組の妖怪達。
しかし、何か様子が違っていた。
それもそのはず、奴良家にあったとは思えない高級のお菓子を皆で貪っているからだ。

「何それ…まさか盗んで来たんじゃないだろうな!」
「あ、いえ違いますよ、これは鴆殿が」
「鴆、くん…?」

リクオは思わず振り上げていた腕を止めた。
小さな妖怪達はびくびくとしながらリクオの様子をうかがっている。

「鴆様…?」

リクオの反応では、その鴆という者は知り合いのようだが、狐ノ依には覚えがなかった。

「狐ノ依、会ったことないんだっけ」
「えぇと、覚えていないです」
「ボク挨拶してくるから、狐ノ依は待っててね」
「あ、はい」

たたっと客間に向かってしまうリクオの背中。

いつも待てと言われたら必ずこうして我慢してきた。しかし一度学校に行ってしまってからだろうか、背中を追わずにはいられなくなってしまった。

「狐ノ依殿も食べるかー?」
「い、いやボクは…」

ここで皆と待つのが、リクオから下された使命かもしれない。
しかし、狐ノ依はリクオの知り合いに会いたかった。リクオのことなら何でも知りたかった。

「ボク…少し様子を見てくるよ」


狐ノ依はそこに荷物を置き、姿を妖怪のモノに戻した。
それから急いでリクオの消えた方へと向かう。

その狐ノ依の目に映ったのは、襖の手前で揉み合っている妖怪達。そこにはつららもいる。

「…何をしてるの?」
「あ、狐ノ依、しーっ」
「しー?」
「今、中でリクオ様と鴆様が話してらっしゃるから」

やはり鴆のことはつららも知っているようだ。
狐ノ依はつららの横に立つと、襖の隙間から中を覗き込んだ。

中で交わされている会話もなんとなく聞こえる。どうやら、鴆はリクオに三代目になって欲しいようだ。
そのせいか、リクオが継げないと言い返すと、優しげに微笑んでいた鴆の表情が変わった。


「ボクは人間だから…ボクが継ぐのは無理だよ!」
「死ねぇいぃこのうつけがー!!」

荒々しい声を上げて、鴆が立ち上がる。
その手が乱暴にリクオを掴み上げようとすると、狐ノ依は思わず飛び出してその間に入っていた。

「お待ちください!ご友人とはいえ、許しませんよ!」
「あぁ!?…ん?お前は狐か」
「我が主に乱暴はやめて頂きたい」

狐ノ依よりも大きな体が目の前にある。それに臆することなく、狐ノ依は睨み返した。
しかしどういうわけか、狐ノ依の顔を見ると鴆は怒りの表情をなくし、満足したような笑顔に変わっていた。

「なるほどいい成長をしたんだな…」
「え…?」
「さすがは妖狐、思っていた以上に可憐だ」
「あ、あの…」
「だがそれとこれとは話が別!」

しかしそれも一瞬のこと、鴆は再びリクオを見ると怒りを露わにした。
と思いきや。鴆は狐ノ依の前で大きく咽ると吐血していた。

「鴆くん!無茶するからっ」
「え、え…?」

驚いて身を引く狐ノ依と違って、冷静なリクオは鴆に手を差し出した。
鴆は強がってその手を取らなかったが、リクオには全く動揺が見られない。

「どういうことなんですか?鴆様はお体が悪いのですか…?」
「あ、鴆くんは毒を体に持つ妖怪なんだよ」
「毒…ですか…」

鴆は元々美しい鳥。しかし、その羽に猛毒を持つ故に体の弱い妖怪である。
リクオが驚かなかったのも、この程度はよくあることだから。

とはいえ、狐ノ依は怒りから鴆に対抗しようなどとは思えなくなっていた。



・・・



鴆が帰った後、リクオはぬらりひょんと話をしていた。
内容は鴆が今来たということ。

このタイミングで鴆が来たのは、自分を三代目にさせる説得をさせる為だと察したからだった。

「鴆くんを呼んだのじーちゃんだろ!鴆くんは動いちゃいけない体なのに酷いよ!」
「酷い…?そう思うなら、ワシの奴良組、やっぱりお前には譲れんわ」
「こっちこそ願い下げだっつーのに。妖怪が集まって悪さしてるだけじゃん!」

喧嘩になりそうな空気に、狐ノ依は困惑を隠し切れずにきょろきょろとしていた。
リクオに三代目を継いで欲しいのは狐ノ依も同じ。しかし、総大将の言うことが理解出来ない。

「どういうことなのでしょう…?」
「私から説明しましょう!」

ぼそりと狐ノ依が呟くと、そこにいたカラス天狗が自信満々に口を開いた。

「いいですか、日本には古来から様々な妖怪がいます。そのほとんどが闇にひっそりと生きる弱い者なのです」
「はい」
「良い返事です狐ノ依殿。リクオ様も聞いて下さい!」
「えー…」

すっかりと先生気分になっている小さなカラス天狗に対し、リクオは納得いかない様子でいる。
その間で、狐ノ依は真剣に話を聞いていた。

「その弱い妖怪を守る、それも奴良組の一面。それをリクオ様が継がないとあれば、一体誰が継ぐというのです」
「リクオ様…」

その器はリクオ以外有り得ない。狐ノ依もじっとリクオを見つめる。
少し考えるように眉をひそめたリクオは、ぱっと、一人頷いて顔を上げた。

「狐ノ依、一緒に来てくれる?」
「はい、もちろんです。どこにでしょう」
「鴆くんに謝りに行くんだ!ちゃんとボクが人間だから継げないって説明もしなきゃだし」

全然わかっていないではないか。
カラス天狗と狐ノ依は顔を見合わせて、大きく息を吐き出した。

どうせまた鴆に説教を受けるのがオチだろう。
そう思いながらも、狐ノ依とカラス天狗はリクオの後を続きおぼろ車に乗り込んだ。





「そういえば…鴆様は自分を知っているようでした」

がらがらとおぼろ車が空をかける。
その中で、狐ノ依はふと思い出したように呟いた。

「きっと、まだ狐ノ依が狐の姿だった頃に会ってたんじゃないかな?」
「自分は覚えていないのに、申し訳ないです」

リクオの言う通り、狐だった頃の記憶は薄い。
数回しか会っていないのならば、忘れてしまっていても仕方のないことだ。

「鴆様は…リクオ様とどのようなご関係で…?」
「一応、義兄弟ってことになってるよ」
「義兄弟…!リクオ様の兄上だったのですか!」

増々申し訳ないと頭を抱えてしまった狐ノ依を見て、リクオがふふっと笑う。
耳を下げて首を左右に振る狐ノ依は、なんとも可愛らしい。

なんてゆっくりしている時間は無かった。
屋敷が近付くにつれて、なにやら煙が視界を覆い始める。

木の陰から見えた屋敷から火が上がっていた。

「リクオ様!あれは鴆様の屋敷ですよね…!?」
「どうしますリクオ様…!」
「っ、とにかくこのまま突っ込んで!」


屋敷の壁をぶち抜き、おぼろ車が突っ込む。
慌てて降りると、丁度そこには苦しそうにしている鴆が膝をついていた。

「鴆くん!しっかりして!」
「リクオ…?どーしてお前が…」

状況は鴆に聞かずとも、鴆一派の幹部が裏切ったのだとすぐに分かった。
鴆を取り囲んでいる幹部達が目を光らせてこちらを狙っている。

「リクオ様、お下がりください」

一歩、狐ノ依が前に出た。
鴆一派の幹部の蛇太夫がこちらに向かって突っ込んでくるのが見える。
狙いは鴆からリクオに変わったようだ。

「いや…狐ノ依下がれ。こいつ等はオレがやる」
「…え…?」
「お、おいリクオ!?」

いつものリクオよりも低い声が聞こえて、その直後狐ノ依と鴆を庇うようにリクオが前に出ていた。


勝負がつくのは一瞬だった。鴆もカラス天狗もぽかんとしている間に全てが終わっている。
リクオの刀は蛇を真っ二つに切り裂いていた。

「リクオ様…」
「リクオ?リクオだって?」

狐ノ依の一言に鴆は驚いて声を荒げた。
信じられなかったのだ。目の前にいる大きな背中がリクオだと。
しかし、カラス天狗も首を縦に激しく振っている。

「よう、鴆。この姿で会うのは初めてだな」

そう、あのバスの事故以来…久々の覚醒したリクオの姿だった。



・・・



燃えきった鴆の屋敷の瓦礫の中で、狐ノ依は鴆とリクオの様子を見ていた。

三日月の覗く夜空の下、戦いのあった後とは思えない程に穏やかだ。

「…今のお前なら、継げんじゃねぇのか?三代目」

四分の一は妖怪。夜にしか妖怪の姿にはなれない。
それを聞いた上で、鴆は確信を抱いていた。今のリクオには、三代目の器がある、と。

それには返事をせず、リクオは鴆に謝るために持ってきていた酒を取り出した。

「飲むかい」
「いいねぇ…ついでにあんたの盃もくれよ。オレは正式にあんたの下僕になりてぇ」
「いいぜ。鴆は弱ぇ妖怪だからな」


狐ノ依の目の前で交わされる盃。その美しさたるや。
狐ノ依は静かに二人に近付いて行った。

「…狐ノ依」
「あ…っ」

盃を交わし終えたリクオが振り返る。どきっと狐ノ依の体が震えた。
リクオなのに纏う空気が違いすぎてどうも緊張してしまう。

それに気付いたのか、リクオは優しく笑いかけて手をこちらに差し出した。

「おいで」
「…はい」

呼ばれるがまま、狐ノ依はちょこん、とリクオの横に座った。緊張して顔が上げられない。
そんな狐ノ依の様子に気が付きながらも、リクオはいつも通りに狐ノ依の頭をぽんぽんと撫でた。
それが狐ノ依には嬉しくて。頬に熱が集まるのがわかり、余計に顔が上げられなくなってしまった。

「狐ノ依、お前に盃は必要ないな」
「え、何故…でしょう」
「そんなもの交わさなくても、お前はいつでも、いつまでもオレの傍らにいるんだろう?」
「っ、はい…!勿論です!」

ようやく顔を上げた狐ノ依の視界には、優しく微笑むリクオが映る。
再びぼうっと顔を真っ赤にして、狐ノ依は体を小さくしてしまった。

「おいおい、見せつけんなよ」
「鴆が狐ノ依を気に入っているようだったからな」
「別に取ったりはしねーよ…」


二人の会話に、狐ノ依の緊張は増すばかり。
そんな狐ノ依とは裏腹に、リクオはそういえば、と狐ノ依の顔を見つめた。

「狐は主に死ぬまで従い続ける代わりに、血をもらうのだとか聞いたな」
「え…あ、」
「今までオレが人間だったから、我慢していたんじゃねぇかい」

妖狐とは、本来妖怪の血を好む妖怪である。
しかし、ところ構わず食らい付かないように、主の血だけを飲むと誓うのだ。
一生をかけて守る代わりに。

「もう、我慢しなくていい」
「っ、」

リクオが自分の手を狐ノ依の口元に持っていく。
リクオの手のひらが狐ノ依の唇にぶつかると、狐ノ依の喉がぐるると鳴った。

今まで血が欲しいと思ったことはなかった。いや、あったのかもしれないが無意識でいられたのに、いざ勧められると喉が欲している、ような気がする。

「狐ノ依、欲しいだろう」
「あっ…」
「盃の代わりだと思ってもらってはくれないかい」
「そん、な…ずるいです…」

それを言われて、受け取れないはずがない。
狐ノ依はおそるおそる、リクオの手のひらに牙をたてた。
ぷつ、と肌を突き破る感覚と共に、口の中に甘い味が広がる。

「ん…」

もっと、と求めるように狐ノ依はリクオの手に舌をはわせた。
息が荒くなる。体が熱い。全身にリクオの血がめぐっているようだ。



「狐ノ依…美味いのかい?」
「っあ、申し訳ございません!」
「いいんだよ、それが本能ってやつだ。我慢しなくていい」

熱くなった頬にリクオの冷たい手が当たって、狐ノ依は我に返った。もう血は流れていない。
妖狐の治癒能力があって、リクオの手のひらに作られた傷は、あっという間にふさがっていた。




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