ぬら孫

□リクオと妖狐の覚醒
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優しい手が頭を撫でる。誰よりも強くて、大好きだった人。

「…お前がリクオを支えてやるんだぞ」

最後に言われた言葉は狐ノ依の小さな心に重くのしかかっていた。
奴良鯉伴、リクオの父親、妖怪の主であり、そして狐の主。

「お前が本当に守るべきは…オレじゃねぇんだ」

生まれたとき、傍らにいたのはリクオだった。生まれたばかりの赤ん坊の横で、うずくまる狐。
妖狐は子を産むときに同時に死んでしまう。だから親は信用できる妖怪に片割れを託すためにその者の近くで子を産むのだ。そう言い伝えられている。
託されたのはリクオだった。

「リクオを…頼んだ」

リクオはまだ妖怪として目覚めていない。だから妖狐は鯉伴につき従ってきた。それもどうやらここで終わりのようだ。

目の前で死に逝く我が主。何も出来なかった妖狐。彼もまた、まだ力の弱い、人間の形を取ることの出来ない小さな狐だった。



・・・



月日は流れた。



「ボク、おじーちゃんみたいな立派な首領になるよ!」

8歳になったリクオは自分の祖父である“ぬらりひょん”に憧れていた。

人間でありながら、毎日奴良家に仕える妖怪達にいたずらするという妖怪らしい子供。
その傍らには白い毛をした狐…妖狐の姿が。

「その時は、お前もボクについてきてくれるよね?狐ノ依!」

狐ノ依と名付けられた妖狐は、返事の代わりに大きく尾を揺らす。
それを肯定と見たリクオは、狐ノ依を腕に抱くと鼻と鼻をくっつけて笑った。

「お前はホントにいい子だね」
「それはいいが…なかなか覚醒せんのう」

ぬらりひょんの言葉は妖狐に向けられたものだった。

妖狐はそれなりの年頃になると、人間の姿を取って活動できるようになる。それは妖狐が自分の力を扱えるようになった証なのだ。

しかし、もう8年になるのに狐ノ依は狐のまま。変わったところといえば体の大きさが少し大きくなったということくらいだ。

「覚醒したら狐ノ依はどうなっちゃうの?」
「心配しなくとも人間の姿に近づくだけじゃ。妖狐は美しい人間の姿をしていることで有名だからのう。ワシは楽しみなんじゃよ」

鯉伴もずっと楽しみにしていた。
それをわかっているのか、狐ノ依は耳を丸めて顔をリクオの腕の中に埋めてしまった。

「じゃあ、狐ノ依と話せるようになるの?一緒に学校にも行ける?」
「それも夢ではないのう」
「狐ノ依、楽しみだね!」

リクオが狐ノ依の体を引き剥がして顔を近付けると、垂れていた狐ノ依の尾はふさっと大きく揺れた。

穏やかな日々。

しかし、そのせいで覚醒する兆しは全く見られなかった。
狐ノ依も、そして、リクオも。




・・・




朝、リクオが慌ただしく、というよりはそれに仕える妖怪たちが慌ただしくリクオを学校に送り出した。
この時だけ、狐ノ依はリクオの傍を離れなければいけない。
それでも、帰ってくれば優しく抱きしめてくれる。それが好きだったから、いつも外でリクオの帰り待っていた。


しかし、その日は様子がおかしかった。帰ってきたリクオは俯いたままで、手をぎゅっと握り締めている。
そしてその手が狐ノ依に差し出されることもなかった。


不思議に思いながらも、とぼとぼと部屋に向かったリクオの足元にくっついて行く。
リクオは畳にちょこんと座ると、見上げてくる狐ノ依の背中を力無い手で撫でた。

「友達がね、妖怪なんているわけないっていうんだ」

学校で妖怪を主張したリクオは、皆に悉く否定されたあげく、キモいやらガキだの罵られてしまったのだという。

「それに…ぬらりひょんは悪い妖怪なんだって。人に…嫌なことする妖怪なんだって」

悲しそうなリクオの顔を見ていると、狐ノ依も悲しくなってしまう。

狐ノ依はリクオの胸に手を置き二本足で立った。そのまま顔を近付けて、悲しそう歪むリクオの顔を舐める。
リクオの頭を撫でたり、慰めの言葉をかける事は出来ないから。

「ありがとう、狐ノ依…慰めてくれるんだね」

狐ノ依の頭を撫でて笑いかけたリクオ。その表情にはなんとなく迷いがあった。





そんなリクオの気持ちは置き去りに、三代目を決める為の総会が開かれた。
当然、その場にはリクオもいなくてはならない。
落ち込んだままのリクオを無視して、話は進められていく。


「今日の総会は他でもない…そろそろ三代目を決めねばと思ってな」

総大将であるぬらりひょんの言葉に、集まった妖怪達はあれこれと話し始めた。
その中でも、ガゴゼという名の妖怪は待ってましたとばかりに自分を主張している。

「二代目が死んでもう数年…いつまでも隠居された初代が代理では…おつらいでしょう…」

ガゴゼは自らが三代目になることを望んでいたのだ。
それを薦めるかのように、ガゴゼ会の者達がワイワイと盛り上がり始めている。

「総大将!悪事でガゴゼの右に出る者などおりますまい」
「なんせ、今年に起こった子供の神隠しは、皆ガゴゼ会の所業ですから!」

ガゴゼは子供をさらい喰う妖怪として有名であり、奴良組の中でもガゴゼを頭領にするガゴゼ会はタチの悪い奴らばかりだった。


「なるほどのう…相変わらず現役バリバリじゃのう、ガゴゼ」

ガゴゼ会の者達の言葉に、ぬらりひょんはうんうんと頷いた。
しかし言葉とは裏腹に、傍らで小さくなっているリクオの背中をとんと押した。

「だが、お前じゃあダメじゃ。三代目の件…このワシの孫リクオをすえようと思ってな」
「え…?」

リクオはまさか自分に話をふられるとは思っておらず、驚きで目を丸くした。
そんなことはお構いなしに、ぬらりひょんは初めから決めていたようでリクオに視線をおくっている。

「リクオ…お前に継がせてやるぞ!」

お前が欲しかったものだろう。
ぬらりひょんは笑いながらリクオに言ったが、リクオの反応は期待したものと違っていた。

「い…いやだ!!こんな奴らと一緒になんかいたら、人間にもっと嫌われちゃうよ!」
「リクオ…?」

友達の言葉にガゴゼの悪事の酷さが相まって、リクオの中で「妖怪は悪い奴ら」という結末に至ってしまったのだ。

「妖怪が、こんな悪い奴らだなんて知らなかった!」

リクオは唇を噛んで、ばっと立ち上がった。
そのまま、ぬらりひょんの手をすり抜け屋敷から飛び出して行ってしまう。

それを見ていた奴良組の者達は唖然とし、誰もリクオの後を追おうとはしなかった。


「どうやら若は…まだまだ遊びたいさかりのお子様のようじゃな…」

ガゴゼがにやりと笑う。

飛び出していくリクオを追いかけていくことも出来ず、狐ノ依は揺れる瞳から滴をぽたりと落とした。

妖怪は悪い奴。狐ノ依も妖狐である以上、その中にくくられてしまう。



この日を境に、狐ノ依はリクオに近付けなくなってしまった。




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