ぬら孫

□百物語2
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日が昇り、平和な朝が始まる。
鳥居、狐ノ依と続いた百物語もその後、それらしい怪奇事件は起こっていない。


「リクオ様、学校に復帰するのですか?」
「うん。そろそろ行かないと皆に心配かけちゃうし」

リクオのその行動が狐ノ依を不安にさせているとも知らず、リクオは制服に着替える手を止めない。

「暫くは…あまり奴良組から離れないほうが…」
「大丈夫だよ」
「…そんな、勝手なことを」

不服そうに口を尖らせながらも、狐ノ依はリクオと同じように制服を手に取った。
どうしても行くというならば、片時も離れないようにしよう。


「おい、狐ノ依?何してんだ」
「兄さん」

狐ノ依に妖狐の事実を伝えに来た兄は、それからずっと奴良組に居座っている。
京妖怪側についていた過去はあるが、誰も拒否するものはいなかった。狐ノ依の人の良さを知っているが故か、妖狐という存在を無意識に愛しいと思うが故か。

「ボクは…リクオ様と学校に行って来るよ」
「学校だぁ?妖怪に、行く必要があんのかね」
「…リクオ様は、人間でもあるから」
「ふーん。俺は興味ないね」

狐ノ依の兄である妖狐も、妖怪と人間の間から生まれている。妖狐の力が強いため、半妖、というよりも妖怪に近いが。


「狐ノ依!早く!」
「行っちゃいますよー」

リクオとつららの声に狐ノ依の耳がピンと立った。それを素早く人の姿になることで覆い隠す。

「待って下さいっ」

たたた、と着物の時よりも大股で駆けて行く。
耳も無ければ、髪も黒くて、強いて言えば肌が白すぎるような気はするが、どこをどう見ても人間。
そんな狐ノ依を目で追っていた妖狐は怪訝そうに目を細めていた。

「あいつ、やっぱり舐めてんだろ」

ごろっと寝っころがって、腕を伸ばす。体をいっぱいに伸ばすと自然に欠伸が出て、眠さを感じながら妖狐は目を閉じた。

「…なぁ、首無さんよ」
「はい?」
「暇だ」
「知りませんよ」

丁度通りかかった首無の足に、妖狐の手が絡みつく。そのまま体を引きずらせて首無に近付くと、妖狐は目線だけを上に向けた。

「奴良組と…百物語組だかなんだか知らないが、教えておくれよ」
「は…」
「てめぇらの事はよくわかんねぇ」

何かと問題起こしすぎだろ。妖狐の言葉に、首無はふっと笑ってそうですね、と言った。
妖狐が奴良組に興味を持ってくれていることが、素直に嬉しかった。



・・・



学校は、今まで以上に妖怪の話で盛り上がっていた。それも、その場に清継がいないのに、だ。明らかに、異常だった。

「鳥居さん!妖怪見たの!?」
「地下鉄に閉じ込められてたって本当?」
「ううん、カゼよ、風邪!」

休んで心配かけてごめんね、と笑っている鳥居。しかし、噂は全て事実だった。隠したのは、騒ぎになることを避けるためだという。

がっかりした様子で、集まっていた生徒達が教室を後にする。残ったのは、いつものメンバーだ。

「…鳥居さん」
「なぁに?狐ノ依くん」
「ごめんね」

鳥居の前に立った狐ノ依は深く頭を下げた。

「え!?なんで狐ノ依くんが謝るの」
「ボクが、目を離さなければ…」
「そんな、狐ノ依くんは悪くないよ」

鳥居の手のひらが狐ノ依の頭に触れる。狐ノ依はしぶしぶ頭を上げた。

「むしろ私が狐ノ依くんを置いて行っちゃったんだし…ごめんね?」
「う、ううん!鳥居さんは悪くないよ」
「ふふ、お互い様!」

鳥居への罪悪感でいっぱいだった狐ノ依の心は、すっと軽くなっていた。鳥居の笑顔は暖かい、ような気がする。
無意識に、狐ノ依も鳥居に笑顔を向けていた。



「狐ノ依、丸くなりましたね」
「うん、良かった」

その狐ノ依を見るリクオとつららの目は穏やかだった。今まで人間とは一線引いていた狐ノ依は、今回の件で一気に距離を縮めている。悪いことばかりではなかったようだ。


「やーやーみんな元気かな!」

がらがら、と音を立てて教室に入ってきた清継に、皆の表情が固まった。

「清継!お前ホンット、空気読めよな!」
「え、何?巻くんどうしたの?」

せっかく和やかなムードだったのに、台無しだ。怒る巻を無視して清継は教壇に立つと、資料をばっとこちらに向けてきた。

「最近、語られる回数の多い怪談が、現実になっているような気がするんだよね!」
「…!」
「だから、皆で“主”の話をしようじゃないか!」

狐ノ依の目が大きく見開かれる。思わず何か口走りそうになってしまった狐ノ依は、リクオにすり寄った。

「と…とりあえず、今回は活動休止した方が…」

リクオは狐ノ依を背に回してから、押さえるように清継に手を向けた。
ただの妖怪バカだと思っていれば、なんとも痛い所を突いて来る。余計な情報が彼に与えられれば、巻き込む可能性が高くなってしまう。

「…リクオ様、行きましょう」
「え、狐ノ依?」
「彼はとても…嫌いです」

狐ノ依の声は、清継にも聞こえるように発せられていた。教室に微妙な空気が流れる。
それに耐えかねて、リクオは狐ノ依の手を引いて教室を後にした。

「あ、リクオくん!」

当然つららも後を追う。
教室に残った清継は、好きな相手に振られたかの如く、ショックを隠せない様子でフラフラしていた。


・・・


「狐ノ依、どうしたの?」

学校のチャイムが鳴り響く、他には誰もいない屋上。
リクオとつららは狐ノ依を心配そうに見つめていた。風が髪の毛を持ち上げて行く。黒い髪は青く姿を変えた。

「あの男…リクオ様を狙ってる」
「…え?」
「リクオ様が巻き込まないように気を遣っていることも知らず…!」
「ちょ、ちょっと、よくわからないけど落ち着いて!」

リクオは狐ノ依の背中を擦った。
狐ノ依の言いたいことは、なんとなくわかっている。清継が会いたいといっている妖怪の存在。そこに、狐ノ依も含まれていることを、リクオは知っていた。

「大丈夫だから、ね」
「狐ノ依…丸くなったと思ったのに…。鳥居さんにだけだったのかしら」

リクオとつららがはぁあと大きなため息を吐く。狐ノ依はムッとしたまま首を斜めに傾けた。それと一緒にぴょこ、と耳が動く。

「とりあえず…人間の姿に戻ってくれる?」
「…」
「ボクも、狐ノ依のこの姿…皆に見られたくないし」
「っ、あ…はい…」

恥ずかしそうに俯いて、自分の耳を手で確認する。白くて大きな耳は消えて、黒い髪の中に人間と同じ形の耳が現れた。

「リクオ様、狐ノ依の扱いお上手ですね」
「え?扱い?」
「え…」

まさか、今ナチュラルにイチャつかれたのでは。
つららは引きつった顏をなんとか屋上から外へと向けて、もう一度深く息を吐いた。

「はぁ…そんなことよりもリクオ様…怪談、どんどん広がっていますね」
「うん」

静かであるが故、平和な時が訪れていると思いがちだが、百物語組は留まることを知らない。


「かつてと同じ…噂が妖を産み、生まれた妖がまた噂を呼ぶ状態…」
「黒田坊!」

突然背後に現れた黒田坊に、狐ノ依は体をびくっと震わせた。背の高い黒田坊に対して、自然と顔が上を向く。険しい表情。それはまた、リクオも同じだった。

「そうやって、勢力を拡大していく…それが百物語組の戦い方」
「ハイ…。妖を産み出す中心となっている奴等を倒さねばならない」
「うん。だから黒…百物語組中心メンバーの捜索を始めよう。サポートしてくれ!」

リクオの目は真剣なもので、黒田坊は一瞬、笠の下の顔を曇らせた。

「良いのですか…?拙僧かつては敵の身…。二代目の死は、その百物語組が関わっているのですよ」

二代目の死。それを聞いて、今度は狐ノ依の顔が切なく歪んだ。小刻みに揺れてしまう手をどうしたら良いのかわからず、黒田坊の装束を掴む。

「でも今は、盃を交わした奴良組の一員だろ?父さんが信じたように、ボクも黒を信じてる。それでいいじゃないか」

ぎゅっと握られた狐ノ依の手に、黒田坊の手が重なった。

「よし、じゃあ行こう!」
「…ハッ!」

くいっと笠を持ち上げて見えた黒田坊の表情は活き活きとしていた。それに見惚れていた狐ノ依の目は、黒田坊の目と交差する。

「…良かった」
「ん?どうかしたか、狐ノ依」
「黒田坊、気にしているようだったから。少し、心配だったんだ」
「っ、狐ノ依…」

「おい、黒田坊!」

何故か手を握り合っている狐ノ依と黒田坊にリクオが割り込む。
ぽつんとその光景を見ていたつららは今までで一番大きなため息を吐いた。



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