ぬら孫

□正月
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正月。毎年恒例の宴が始まる。今はまさにその準備をしているところだ。



「お酒…これで足りるかな」

部屋に並べられたお酒を指折り数えながら、狐ノ依は首を傾げた。
今年はリクオが三代目を正式に継いだということもあり、いつも以上に盛り上がるだろう。

「そうねぇ…蔵からもう少し出してきてくれる?」
「はい」
「これじゃあ、すぐに飲み終えちゃうわ」
「ふふ、そうだね」

大酒飲みの毛倡妓に聞いたのが間違いだったか、まだまだ足りないといった顔してみせた。
狐ノ依はお酒を飲む習慣がない。飲めないわけではないが、特別飲みたいと思うことがなかった。
しかし、皆の早くお酒を飲みたいとでも言いたげな表情を見ていると、今回はいっぱい飲もうかなという気になったりして。

「楽しみだなぁ…」
「狐ノ依!蔵に行くのかい?」
「あ、首無」

せかせかと宴の準備を進めていた首無が狐ノ依を見つけて、すすすと近づいてきた。

「お酒、運ぶんだよね?手伝うよ」
「有難う」

準備の方に関してこうも真面目に行う者はいないだろう、というほど首無は働き者だった。少し申し訳なく思いながらも、一人では明らかに人手不足。言葉に甘えて狐ノ依は首無の横に並んだ。


「あの、さ。聞いてもいいのか、わからないんだけど…」
「何?」
「もう一人いた、あの妖狐って…?」

気まずそうに、首無がもう聞き飽きた質問をしてきた。あの日以来、奴良組のいろんな妖怪たちが妖狐について聞いてくる。

「ボクの、お兄さんらしいよ」
「らしいって…じゃあ、狐ノ依もよく知らないんだ?」
「…うん」

狐ノ依の表情を見て、首無はそれ以上聞くのを止めた。
本当は、どうして兄が京都にだとか、妖狐は二匹産むことが出来るのかだとか、聞いてみたいことは山ほどあったけれど。当然、その質問にも狐ノ依は飽き飽きしていた。


「…よい、しょ」

蔵に入って酒のたくさん入った箱を持ち上げる。

「狐ノ依、それ持てる?」
「…ん」
「無理しなくていいよ」
「ううん、大丈夫…!」

何本も入った箱はなかなか見た目以上に重くなっている。首無が心配するほど無理はしていないが、その箱の重さは狐ノ依の腕に明らかに適していなかった。

「え」

蔵から出た途端、持っていた箱が狐ノ依の手を離れた。
視線を追うと、呆れた顔をして狐ノ依を見つめるリクオが立っている。

「あ、リクオ様…!」
「狐ノ依も首無も少し休め」

リクオの視線は首無にも向けられていた。しかし、それに構わず、狐ノ依はリクオに奪われた酒の入った箱を取り返そうと手を伸ばす。

「いけません、このような雑用は自分が…!」
「お前は働きすぎだ」
「そんなこと有りません!」
「んなことあるんだよ」

実際のところそれだけではなくて。
この前の、京妖怪の戦いの後から、狐ノ依は急激に弱っていた。体に残る疲れもあるだろうが、それだけでないのは誰の目にも明らか。
詳しい事情を知らないリクオは、今の狐ノ依の危うさが心配でならなかった。

「…ここはオレがやるから、首無はこいつ連れてってくれ」

少しでも休ませたいという思いから、言動が少し荒くなる。首無はやれやれと言った様子で酒を置いた。

「ここは私が。若はどうぞ、狐ノ依を休ませに行って下さい」
「…首無」
「ご心配なく。手の空いている奴らに手伝わせますから」
「悪ぃな」

首無がリクオの持っていた箱を受けとる。手の空いたリクオは、勝手に話が進んで行く状況に戸惑っている狐ノ依を抱き上げた。

「わ、あ…!」
「狐ノ依、オレに従ってもらうぜ」
「…そんな」

そんな風に言われては言い返せない。狐ノ依は観念して、抵抗するのをやめた。

すれ違う妖怪たちがソワソワと何か呟きながら道を開ける。リクオは全く気にしないのだろうが、心臓の鳴り止まない狐ノ依はリクオの首元に顔を押し付けて、目をきつく閉じていた。





連れていかれた先はリクオの部屋。
リクオは狐ノ依を腕に抱いたまま、そこに座った。緊張から狐ノ依は赤い顔のまま肩をすくめている。

「ふっ…今すぐ襲おうってんじゃねぇんだから、そんな固くなんなよ」
「は…い、いえ、別にそんなことを思っていたんじゃ…!」

ばっと顔を上げた狐ノ依の頭がぐいっとリクオの方に引き寄せられた。頭にはリクオの大きい手が乗せられている。
わしゃわしゃと乱暴に撫でられると、それに合わせて狐ノ依の耳が揺れた。

「リクオ様?」
「何を考えてんのかなんて、んなこたぁ聞かねぇ」
「あ…」
「吹っ切れなんて酷なことも言わねぇ…けどな」

リクオの手が揺るんで、今度は狐ノ依の頬に添えられた。くいっと顔を上に向かせられれば、目の前にリクオの真剣な顔がある。

「抱え込むくらいなら吐き出しちまえ」
「…はい」

秘密にしたいことだったり、言えないことだったりしたわけではない。しかし、兄のことや妖狐のことをリクオに話してはいなかった。

リクオを困らせたくないからだ。今のこの安定していない状況で、余計なことを考えさせたくなかった。
でも、そうしたことで、結局余計な気を遣わせている。

「自分は…」
「ん?」
「自分には、そう言ってくれるリクオ様がいるから、大丈夫です」
「…」

狐ノ依の目は決して嘘を言ってはいなかった。真っ直ぐ見つめ返してくる狐ノ依の瞳。嘘や隠し事をそこから感じることはない。

リクオも狐ノ依を信じて、これ以上追及するのをやめた。

「宴は楽しみかい」
「はい!」
「なら、そろそろ行くか。オレが居なきゃ始まらねぇんだろうからな」
「そうですね!」

ぱっと狐ノ依がリクオから体を離した。近すぎる距離はまだ慣れるまでに至らない。
しかし、リクオはすぐに襖を開けようと動き出した狐ノ依の腕を引いて、もう一度引き寄せた。驚いた狐ノ依の薄く開いた口に、リクオの親指が入り込む。

「狐ノ依にとっては…酒なんかより、こっちの方がいいだろう?」
「っ、」

リクオに傷を付けるこの行為は、尚更慣れることなんて不可能なのに、その中毒性は何よりも勝っていた。

「噛め」
「う…」

渋る狐ノ依の鋭い八重歯にリクオの指は自らぶつかりに来て、狐ノ依の口の中に魅惑の味が広がった。

「狐ノ依…京に行く前に言ったこと、忘れてないだろうな」
「ん、…?」
「もっと気持ちいいこと…」
「っ!」

耳元で囁かれた言葉に狐ノ依の顔は真っ赤に染まった。思わずリクオの指を口から放す。今この瞬間までそんなことすっかり忘れていた。

「おいおい、本当に忘れてたのかよ?」
「それは…その、いろいろありましたから…」
「嫌、なわけじゃねぇだろ?」
「あ…ぅ…」

低い声と共に、リクオの息が耳を掠った。むず痒い感覚にふるっと体を震わせた狐ノ依を見て、リクオは余裕の笑みを見せる。

「覚悟しとけよ」
「は、はい…」

にっと笑って、リクオは軽く狐ノ依の頬に口付けた。それだけの好意にも、狐ノ依の鼓動は早くなる。

へたり込んで頬を押さえる狐ノ依に早く来いよとだけ告げて、リクオは先に部屋を出て行ってしまった。



「リクオ様…」


はぁぁ、と大きく息を吐いて、狐ノ依は頬を膨らませた。自分ばかり余裕がないみたいで嫌だ。
しかし、その頬はすぐに緩む。リクオはたぶん、本当に愛してくれている。それだけで、今の狐ノ依には十分だった。



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