黒子のバスケ

□17
1ページ/9ページ

〇WC準々決勝・対陽泉(第141〜169Q)



桐皇との試合後、誠凛のメンバーは火神の家へと押しかけた。
リコの作った鍋、つまりは地獄の夕飯を済ませて無事生還。それから少しだらだらとして、そろそろ帰ろうかなんて雰囲気になり出した頃。


真司はお手洗いを借りてから、ぶらぶらと火神の家を見て回っていた。
人様の家を勝手に踏み荒らすのは悪い事だ。分かってはいるのだが、友人の家に招かれることの希少さ故に楽しくなっている。
そんな調子でぺたぺたと廊下を歩いていた真司は、人のいないはずの部屋からの物音に足を止めた。

火神の寝室。そこのベッドがもそもそと動いている。
恐る恐ると覗き込んでみれば、ベッドから伸びてきた腕が、真司をベッドの中へと引き込んだ。

「へっ、ちょ…!」

思いの外強い力に真司はされるがまま一度抱かれ、そして羞恥のあまりに飛び出した。

「う、わ、うわあ!!」

真司が声を上げてどすんと尻餅をつく。
羞恥の理由は、触れた肌の柔らかさ、そして服を纏わない素肌だ。
ちらとベッドの方を見れば、ようやく目覚めた様子で体を起き上らせた女性がこちらを向いていた。

「What…?」

不思議そうに声を上げたその女性は英語を話し、それからのそりとベッドから足を下ろした。
それでようやく気付くのは、その女性がパンツ一枚という衝撃の事実。

「か…っ、火神君!!」

真司は顔を背けて、叫びながら部屋から出ようと試みた。
が、それは女性の行動によって虚しく終わった。

「あ、あ、あの…なんで腕掴むんですか…!あ、ぷ、ぷりーず!ど、ドントタッチミー…!」

英語は苦手でないはずだが、外国人を前にして咄嗟に冷静な判断が出来るはずも無く。
腕を掴まれ抜け出せず、真司の頬に冷や汗が流れた。

「どうした真司!?」
「あ…っ、良かった火神君…!」

声を聞きつけて火神が走り込んでくる。
そして女性を見るなりカチンと固まった。

「おまっ…!」
「Oh Taiga!」
「とりあえずさっさと服着ろ!」

火神を見た女性は嬉しそうに顔をほころばせ、一方で火神はそこに落ちていた服を投げつける。
ため息を吐きながら上にTシャツを着た女性は、困惑する真司を片腕に抱き込んだ。

「ちょ、か、火神君、この人は…」
「はあ、悪ィ真司、こいつはオレの…」
「You came back! I missed you so much」
「え」

女性は真司のことなどお構いなしに、火神との距離を縮めて顔を近付ける。
背の高い二人は、真司の頭上であろうことか唇を重ねていた。

「……!?」

それを見て驚き息を呑んだのは、真司だけではなかった。
いつの間にか集まっていた全員が目撃して顔を真っ赤にしている。

「ちょっ、ちょっと!」

別に火神が誰とどうとか興味はない。
ないけれど、真司の腕は咄嗟に火神の胸を押し退けていた。

「火神君!なんなんだよこれ…っ!」
「いやだから、こいつはオレの…ああ面倒くせぇ、アレックス、とりあえず真司放せって!」
「Shinji? おお、お前が真司か」
「って日本語話せるんですか?」

真司を抱えたままの外国人女性が、顔に見合わぬ流暢な日本語を話して真司の顔を覗き込む。
突然の日本語に反応して顔を上げてしまった真司と、アレックスと呼ばれた女性の顔はあまりにも近かった。
というか、もう唇同士が重なっていた。

「…!」
「安心しろ、これで関節キスだ!」
「な、なな何してんだアレックス!!!」

複数の息を呑んだ音と、火神の叫びとが重なる。
ここまでの数分で様々なことが起こり過ぎて頭の回らなくなった真司は、ただ茫然と行く末を見守っていた。




・・・・




リビングへと戻った彼等は、まだどこか緊張した面持ちでアレックスを見つめていた。
彼女は火神の師匠であり、嘗て世界でも活躍していたバスケットボールプレイヤーである。それが今明らかになった。
しかしそれ以上に先程の出来事が衝撃過ぎて、揃いも揃って放心状態である。

「いやーそれにしても、真司が男の子だとは思わなかったよ」

爽やかな声色に、真司は大げさに顔を上げた。
正面に座っているアレックスはじいっと真司を見つめ、それから不服そうに眉を寄せている。

「は、はい?」
「聞いた話と写真とで、てっきりタイガのガールフレンドだと…」
「あ、もしかしてあのメールをくれたのは」
「ああ。私だ」

思い出される誤解の文面と火神の外国での勇姿を映した映像。
ああ、なるほど。と妙に納得した真司の横で、日向が目を丸くして口を開いた。

「え…、烏羽って外国でも知られてんのか?」
「ん?」
「いやだって写真とか…」
「ああ、それはタイガに見せてもらったんだよ」

「え」と何人かの声が重なった。
そして視線が向かう先にいる火神は、ばっと目を合わせないように顔を背けた。

「え、火神君、俺の写真なんて持って…持ってんの…?」
「いや、…その」
「何で隠すんだ?タイガ。恋人の写真ケータイに入れてて何がおかしい?」
「ちっが…ッ!!」

否定する為にこちらを向いた火神の顔は、見たことがない程真っ赤になっている。
何か察したメンバーは冷めきった顔で目を細め、真司はぽかんとしたまま停止した。

「あ?ああ、そうか。真司は男だから、ガールフレンドじゃないのか?」
「そ、そうだよ!」
「じゃあ、さっき間接チューして悪かったな、真司」

改めて悪気なく謝られ、真司は表情をそのままで目だけを更に大きく開いた。
何が「悪かった」なのか、と。キスしたことそのものではなく、火神との間接が?

「ま、あれがなくても真司にチューはしたと思うけどな!」

悪びる様子も無く更に言うアレックスに、真司の表情はとうとう険しい物になった。
じわじわと眉間のシワを深くして、ぷうっと頬が膨らむ。

「お、…俺、俺…そんな軽い男じゃないんですからね!!」

何やら酷い文句を言ったと自覚はしつつ。
全員の視線を一気に集めた真司は、居ても経ってもいられんといった様子で部屋から飛び出して行った。

「…何か悪いことしたか?」

しんと静まり返った部屋の中でぽつりとアレックスが呟く。
それに対し、リコはやはり冷めた目で周りの男共を見渡した。

「…心当たりある奴ら反省しなさい」

その言葉に反応して頭を下げた数人に、フンッと荒いリコの息だけが落ちた。



・・・


かちゃ、と軽い音と共に家の中の灯りが真司を照らした。
心配そうな顔をしながら手招いているのは火神だ。

「…寒ィだろ、とりあえず中入れよ」
「君さあ…誰のせいでこんななってると思ってんの」
「オレのせいかよ」
「そうだよ」

ぱたんとドアが閉まって、サンダルを履いた火神が出てくる。
そして手に持っていた上着を真司の肩にひょいとかけた。

「…巻き込んで悪かったな。アレックスは、その、キス魔っつか、誰彼かまわずああいうことすっから」
「火神君さあ…。案外平気なんだね」
「何が…」
「俺が、その、師匠さんにキスされても」
「……はあ!?」

ぼそぼそと言う真司に、火神は呆気にとられて言葉を失った。
思わず「何を言っているんだ」と突っ込みそうになって、それすらも飲む。
俯いたままの真司の様子は、どうもおかしい。

「俺は全然平気じゃない」
「…は?いや、何が」
「そういう、軽いキスとか」

どうやら思いの外怒っている。
しかし、何に怒っているのか全く理解出来ず、火神は独特な眉を吊り上らせた。

「何だよ、それ…。オレが、アレックスにされたの、嫌だったみたいに聞こえんだけど…」
「はあ?違うし、そんなんじゃないし」
「じゃあなんなんだよ」
「知らないよ!なんかむかついた!!」

吐き出された真司の怒りの方向は、やはり理解不能だった。
そして理解できていないのは真司自身も同じのようで、声の割に表情は不安そうだ。

「…ごめん変な事言った。空気悪くしてごめん、戻る」
「ちょ、おい」
「っ!」

何を言いたいというわけでもなく、咄嗟に真司の腕を掴んだ火神の手はぺしんと叩かれた。
真っ赤になった顔を隠すように、真司は素早く火神の家の中に飛び込んで行った。

「…な、なんなんだよ…」

結局良く分からなかった。
ただ去り際の真司の顔が忘れられず、火神は大きく溜め息を吐いてから座り込んで頭を抱えていた。






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ