黒子のバスケ

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〇WC 対桐皇(第113〜140Q)


高校バスケットボール三大大会…夏のインターハイ、秋の国体、そして冬のウィンターカップ。
少し前まではその中の最大タイトルは夏だったが、年々冬の規模も拡大し、今や夏と同等かそれ以上となった最大最後のタイトルである。

そのウィンターカップの会場にやってきた誠凛メンバー。
しかし、その空気はなにやら深刻であった。



「なっにっを!やっとんじゃあの馬鹿はーー!!」

かっと目を見開くリコが示す“あの馬鹿”とは火神の事である。
海外の師匠の元に旅立ってから、火神の姿は一度も見ていない。そして今日も彼はまだ現れていなかった。

「火神君からの連絡は!?」
「…何か、時差の事忘れてたみたいで…もうすぐ着くそうです」
「まったく…」

開会式も終わったというのに、彼等の耳に届くのはようやく到着しそうだという連絡のみ。
何やってんだか、そう思ったのは真司も同じだ。
しかし、そう人の事を思っていた最中、ピロリンと鳴った耳慣れた音に、真司は慌てて自分の携帯を開いた。

「…」

ドキッとしたのはこのメールを送り主の名前のせい。
よりにもよってこんなタイミングで、と思いながらも真司はゆっくりと手を挙げた。

「あの、すみません」

そのまま誰に言うでもなく謝ると、そこに集まる全員が真司を見た。

「どうした、烏羽」
「あの…なんか、その、呼ばれまして…」
「え」
「すぐ戻るので、ちょっとだけ行ってきます!」

その視線を振り払うように、有無言わず走り出す。
後で絶対に怒られるし頭グリグリされる。けれど、今はそんな後のことなどどうでも良くて。

「おいこら烏羽!」

当然のように聞こえた後ろからの声など聞こえないふりをして、真司は振り返らず足を進めた。

「会場外の階段へ来い」とそれだけ書かれたメール。
ここに来た時からドキドキと高鳴る期待はあった。それが今後押しされて止まらなくなっている。
緊張感のあった会場を出て、解放感溢れる外の空気を吸い込む。
辺りを見渡しながら足を進めると、その人は確かに指定した階段のところにいた。


「緑間君!」

メールをしてきたその人、背の高い緑の髪と橙のジャージ。
手を振りながら駆け寄ると、向こうも真司を姿を確認して目を細めた。

「…烏羽、お前」

一瞬歪められた緑間の顔は、真司の顔面に不服があったからだろう。
そんなことお構いなしに緑間に近付くと、軽く眼鏡を自分の手で持ち上げた緑間が真司を鋭い目で見下ろした。

「お前はまた何故そう堂々と顔を晒しているのだよ」
「え、いやそんな無茶なこと言われても」
「…信じられないのだよ」

ほんの少し赤くも見える頬をかいた緑間の手が真司の背中に回される。
そのままとんと緑間の胸に引き寄せられることに、何の抵抗もなく従った。

「怪我は…大丈夫なのか」
「ふふ、大丈夫だからここにいるんですよー」
「そうか」

安心したように緩んだ声が耳に馴染む。
つられて緑間の腕を回した時、たたたっと軽快な足音が後ろから聞こえて来た。

「ちょっと緑間っち何して…ハサミ!危ないっス!」

ぐっと腕を引っ張られて緑間から引き剥がされると同時に、声の主である黄瀬の腕の中にダイブする。
何を言っているのか、と考えるまでもなく視界に入った緑間の手に握られたハサミに、真司が青ざめたのは言うまでも無い。

「え、何緑間君…なんでハサミ」
「今日のラッキーアイテムに決まってるだろう」
「だからって剥き出しで持つのやめて!真司っちが襲われてると思ったっスよもー!」

緑間はこれから何かを切ろうとでもするかのように、指をハサミの持ち手に入れて持っている。
この格好でここまで来た緑間を誰か止めなかったのか。高尾は、…恐らく内心爆笑していたのだろう。
そんなことを考えながら黄瀬の腕から逃れると、真司の顔を確認した黄瀬の目が開いた。

「てえ!?真司っち!?前髪が!ない!可愛い!!」
「いやあるから」
「こんな短くしてるの初めて見たっ…て、もしかして怪我が理由…?」

一人でコロコロ顔色を変える黄瀬は、こんな時ばかり妙に鋭い。
真司はようやく眉毛より長くなった前髪に人差し指を通して、不安げな顔した黄瀬を見返した。

「これ、似合ってない?」
「まさか!チョー可愛いっス!」
「でしょ、いい加減邪魔だったからさ」

別に誤魔化す必要もなかったろうが、何となく心配はかけたくなかった。
一瞬眉をひそめた緑間は感づいていたのだろうが、何も言われないならそれでいい。

それはともかくだ。やっぱり、こう黄瀬と緑間が並んでいるところを見るのは嬉しいものだ。
真司は一人頬を綻ばせていたのに、黄瀬は緑間の顔を見るなりキッと目を鋭くさせた。

「つか緑間っち、なんで真司っち呼んだんスか!?」
「呼んだ方が良いと思ったからなのだよ」
「オレは嫌っス!可愛い真司っち見れて嬉しいけど!」

二人の様子がおかしいことに気付き、恐る恐るその光景を見守る。
真司を呼び出した緑間はともかく、黄瀬は何か納得いかないらしい。

「どうせ近いうちに会うことになる。なら…目が届くところで会わせておいた方が良いだろう」
「そ、それは…んー…まあ、そうかもっスけど」
「そんなことも考えつかないのか、馬鹿め」

言い合う二人を見上げて、真司は会話の内容に目を丸くしていた。
自分は本来呼ばれてはいないのだ。
では二人が会わせたくなくて、それでも今ここで会わせるべきと判断した人物とは。

「もしかして誰か来る…?」
「あ、いや、そんなんじゃないっスよ…?」
「ていうか、もしかしなくても…それって赤司君…」
「っ、真司っち!」

言わせたくないのか、気付いて欲しくなかったのか、黄瀬が悲しそうに眉を寄せて真司の腕を掴む。
そもそも緑間と黄瀬とがこうして二人でいること自体おかしい。
全員に声をかけた人がいる、とすれば。

「そっか…赤司君が二人をここに呼んだんだね」
「お願い真司っち…オレの傍にいて」
「オレが呼んだのだからオレの傍にいれば良いのだよ」
「もー!そもそも緑間っちが!」

いつかは会うに決まっている。けれど今日は早速大事な試合があるから考えないようにしていたのに。
無意識にうずうずと 期待に胸が躍るような、怖いような。

言い合いながらもしっかりと真司を掴み続ける黄瀬の手からするりと抜けると、とんと背中が別の誰かにぶつかった。

「わ、すみませ…」
「あれ〜?烏羽ちんじゃん」
「紫原君!」
「紫っち!」

頭の上から聞こえる紫原の声に、顔を最大限まで上げる。
紫原は真司の肩を掴み、乱暴にもぐるりと真司を反転させた。
そうして向き合うなり、大きな手で真司の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「う、わ、乱暴…!」
「へー、髪切ったんだあ。つかこれ烏羽ちん関係ないやつじゃないの?」
「な…なんだよ、そんなに俺いちゃまずいの?」
「んー別にいんじゃね?」

大して興味もないのか、適当な返事をする紫原に納得いかない真司の口がとがる。
その気持ちのまま紫原の手を逃れようと下がると、更に違う声が背中で聞こえた。

「あ?何してんだよお前等」

この低い声はあまりご無沙汰でもない、聞き慣れた大好きな。
振り返らずにぎゅっと唇を噛む真司の代わりに、黄瀬が顔をその声の方へ向けた。

「青峰っち…見て分かんないスか?真司っち愛でてんスよ」
「何で真司がいんだよ」

これまた直球の“なんで”に、真司は戸惑いがちに視線を落とした。
黄瀬や緑間みたいに再会を喜んでくれない彼に、胸を痛めるのは今更すぎると分かっているのに。
しかし青峰は言葉と裏腹に、真司に近付くなり腕を強く掴んだ。

「え、青峰君」
「真司、こっち来い」
「ちょ、ちょっと」

乱暴に引っ張られて青峰の体にぶつかる。
それを遮るように黄瀬が手を伸ばして、右腕と左腕とを大男二人に掴まれ挟まれる形となった。

「残念っスけどもう青峰っちの真司っちじゃないんスよ」
「…んだよそれ、お前のだって言う気かよ」
「ま、そうとも言うっスね」

にやりと口角を上げて笑う黄瀬は自信満々に、一方青峰は眉間のシワを深くさせた。
久々に集ったというのに、やはり空気は深刻か。
緊張を通り過ぎ、がっかりだと頭を下げて吐いた溜め息は、別の誰かと重なった。

「君達は、一体何をしているんですか」
「テツ君!」

恐らく黒子にも赤司からの連絡がいったのだろう。
その黒子の後ろには何故か降旗がおどおどした様子で立っている。

「あ?テツお前、お守り付きかよ」
「そういう峰ちんにはさっちんがいるけどね」
「今さつきは関係ねーだろ」

これで当時の仲間が赤司以外全員集まった。
嬉しさの反面、どうしても棘のある彼等の態度にチクチクと胸が痛む。
それは降旗も感じているらしい、どうにも居心地が悪そうだ。

「烏羽君が先に逃げてしまったせいで、ボクがなかなか抜け出せなくて大変だったんですよ」
「う…こうなると分かってたら…ていうか降旗君も、なんかごめんね」
「い、いや…オレは、別に……」

顔を青くした降旗には、恐らくキセキの世代が相当大きな存在に映っているのだろう。
まあ実際に大きいことは事実なのだが。

「…ていうか青峰君、腕痛いんだけど…」
「あ?生っちょろい事言ってんじゃねーよ」
「あのね、青峰君の力が強いんだよ!」

掴まれる手がじわじわと汗ばんでくる。
そんな焦りやら緊張やら熱っぽさを誤魔化すように声を荒げると、青峰が小さく舌をうった。

「そもそも気に食わねーんだよ、真司」
「何が…」
「何でテメェは」

「すまない、待たせたね」

青峰の言葉の続きを聞くことは出来なかった。
凛とした声が、辺りの空気を押し流して全てを書き換えていく。
そんな錯覚を覚えてしまう程、真司を支配するその声に、真司の呼吸は一瞬止まっていた。

階段の上を見上げれば、そこにもう彼が立っている。
しかし全員がその絶対的な存在を見上げる中、真司だけはそれが許されなかった。

青峰の腕が真司の頭を抱きかかえて、視界を奪っていたのだ。




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