黒子のバスケ

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〇ウィンターカップまでの猶予(第109〜112Q)



目を開けて、一番に飛び込んできたのは白い天井だった。
ぼーっとする頭がずきりと痛んで、少しずつ頭が冴えてくる。
自分は上手くやれただろうか。あの後…誰も怪我せずに済んだだろうか。

「ん…っ」

狭い視界を不思議に感じつつ、真司は体を起こそうとシーツをかいた。

「お、目が覚めたか」

その声が聞こえなければ、真司はそのまま辺りを見渡して一息ついたはずだった。
ぴたっと手が止まり、言葉が出てこない。

「心配、したんだぞ」

すとんと耳に落ちた声は、酷くかすれていた。
笑っているのか泣いているのか、それとも怒っているのか。

「き…木吉先輩…」
「烏羽…」

木吉は真司の頭を撫でようとした手を途中で止め、シーツを掴んだままの真司の手に重ねた。

「いろいろ言いたいことはあるけど…とりあえず、無事で良かったよ」
「あ…はい、すみません…」
「…謝るなよ…謝らなきゃいけないのは、オレの方だろ」

きゅっと握られた手から痛い程伝わってくる。
木吉は自分を責めている。決して、木吉は悪くないのに。

「あ、あの、試合は」
「ん?勝ったよ。それに、あの後誰も怪我をしてない」
「…そうですか…良かった…」

それでも真司が望んだ最善に終えたらしい。
ほっと息を吐くと、木吉ががたんと椅子から立ち上った。

「全然良くないだろ!お前は…っ」

突然声を荒げた木吉に思わず驚いて目を見張る。
けれど、木吉も今更何を言っても仕方ないことが分かっているのだろう。
静かに首を振って笑みを作った。

「…大変だったんだぞ。あの試合…隣にゃ緑間君がいたし、桐皇の青峰君も観に来てたみたいでな」
「え…!?」
「試合を終えてオレ達がここに来るまで、青峰君が烏羽についていてくれたよ」

真司は思わず扉の方へ目を向けていた。
青峰がここにいた、近くにいたというのか。いやそんなことよりも、試合を観に来てくれていたなんて。

「…青峰君」
「烏羽の無事を確認してさっき出てったけど…呼んでくるか?今ならまだ…」
「…、いえ、いいです。それより、皆に、話したいことがあります」

会いたいけれど。
真司は迷いを残しつつ首を振った。
今はチームメイトに話すべきことがあるから。

「分かった。皆を、呼んでくるよ」

がららっと白い扉を開いて木吉が外に出て行く。
それを見送った真司は改めて上半身をしっかりと起こし、自分の体を見下ろした。

「…どうなったんだっけ…」

咄嗟だったから、ほとんど覚えていない。
視界がぐるりと回って、酷い痛みを覚えて。
恐らく強く打ったのだろう頭に片手で触れて、そして視界が覆われた右目に触れる。

「痛っ…」

布、包帯だろうか。ぐるりと巻かれた目がその布越しに痛む。
包帯の下がどうなっているのか怖い。
でも、どうなろうとこの道を選んだのは自分だ。

ネガティブな思考にきゅっと左右の手を絡めて目を閉じる。
暫くしてがらら、という音が聞こえて、狭い視界を開いた。

「烏羽君…!」

真っ先にそう名を呼んだのは黒子だった。
続いてぞろぞろと皆入ってくる。どれほどの間意識を手放していたか知れないが、皆待っていてくれたようだ。

「良かった、烏羽君…!」

たたた、と駆け足で真司の横まで来たリコが眉を下げて微笑む。
リコにまでこんな顔をさせてしまうなんて。罪悪感にズキッと胸が痛む…なんて思うのは早かった。

「こんの…大馬鹿者っ!!」

そう叫ぶが早いかリコが拳を振り上げる。
あ、これはやばい。過去の経験から察して強く目を瞑る。
けれど、痛みはやってこなかった。

「…?か、監督?」
「ほんっとうに…心配したんだから…っ」

目を開く前にやってきたのは真司を包む柔い感触。
こうして女性に抱き締められるのは少し緊張する。
あまり肉付きのよくないリコの体からは女性特有のあれやそれを感じることは出来なかったが。

「監督…俺は、別に怪我しようがバスケが出来なくなろうが、構わなかったんです」

話さなきゃいけないこと。
もしかしたら皆に嫌われてしまうかもしれない。でも、もう隠してはいられないと考えていたことだ。

「何言ってるの、烏羽君?」
「俺は皆と違う。バスケなんて…全然好きじゃなかったんです」

リコの体がするりと離れた。
自分を見下ろすいくつもの顔を見る勇気はなくて、視線を落して真っ白なシ―ツを見下ろす。

「ウィンターカップに行けるかもしれない。そうなった時…俺は、やっと…赤司君に会えるって思ったんです」

本心だ、間違いなく自分でも感じた違和感。
自分はたぶん皆と違う喜びを感じていた。

「俺は、愛されたくてバスケをしていたんです。だから…彼らの手から離れたら、どうでもよくなったのかもしれません」

バスケは好きだ。けれど、試合に出る喜びは薄くなっていたのだと思う。
圧倒的な存在が、目の前にちらついてしまったから。

「だから俺は、木吉先輩がこれ以上酷くなるより、こうなった方が良いと思って…」
「はぁ…。烏羽君…あなた、どこまで馬鹿なの」

初めから分かってもらえるとは思っていなかったけれど、はっきりとした否定に真司の瞳が揺れた。
嫌われるのは怖い。追い出されるのは、居場所がなくなるのだけは。


「あのね、そもそも烏羽君は間違ってるのよ」
「…はい」
「バスケが出来るか出来ないか?そんなのどうでも良いのよ、いや良くはないけど…」
「?」

呆れきったリコの声、けれどそれはいつもの声だ。
恐る恐る顔を上げると、リコの手は真司の右側の頬を撫でた。

「ま、彼等に会った方が分かるかしらね」
「え?」

優しく微笑んだリコにきょとんと目を丸くする。
その時、タイミングよく病室の扉ががんっと開け放たれた。


「真司っち…!」
「おい病院で騒ぐな、黄瀬!」

だだっと駆けこんできたのは黄瀬。そしてその後ろから緑間が続いて入って来る。

「オレ、ほんっとにどうしようって…あああ、無事で良かったっス…っ!!」
「き、黄瀬君…どうして」
「緑間っちが連絡くれたんスよ、真司っちがやばいって…オレもう仕事途中で抜けだして来たっスよ!」

ぎゅっと手を握られ、その勢いに茫然とした。

「烏羽、頭を打っただろう。体に異常はないか?」
「え…あ…わ、かんない。たぶん大丈夫、かな」
「馬鹿が。オレの忠告を聞いておきながらお前は…」

いつも通りに辛辣な言葉を並べながらも、緑間の声色はどこか落ち込んでいる。
打ったのは頭。下手したら、今ここでこうして彼等と話すことさえ叶わなかったのかもしれない。

そう考えた瞬間、リコの言ったことを理解した。


「…ご、めんなさい…俺…自分のことしか、考えてなかった」
「真司っち…」
「心配かけて、ごめんなさい…」

きつく手を握り締める。
慰めようと黄瀬の手が背中を撫でるのも、今は酷く胸を痛めつけた。
自分は馬鹿だった、緑間の言う通りに。


「すみません、少し時間をもらってもいいですか」

ふと、そう言ったのは黒子だった。
その言葉は真司ではなくリコや日向…他の部員達に向けられている。

「どうした黒子?」
「烏羽君と話がしたいんです」

黒子の顔は真司から見えないが、どうやら何か深刻だったのか。
空気を察したように、全員部屋を出て行った。火神だけは不服そうだったが。

そうして振り返った黒子は、やはり真剣な顔つきをしていた。

「ボクからも、君に話すことがあります」
「…何?」

何となく病室の独特なニオイと相まって、不安が胸に渦巻く。
黄瀬と緑間も眉間にシワを寄せ、黒子の言葉を静かに待っていた。

「君は赤司君に会いたいと、そう言いましたね」
「え…あ、うん…ごめん」
「その件ですが、ウィンターカップに行っても叶わないかもしれません」
「…え?」

至って真面目な顔をした黒子が真司に近付いてくる。
黄瀬と緑間の顔色は、急に変わったように見えた。

「でも、洛山はウィンターカップ出場決まってるよね?赤司君はレギュラーに間違いないし」
「そうですね、赤司君は来るでしょう」
「テツ君?何が言いたいのかよく…」

少なくとも赤司はこちらに来る。
たとえ洛山と誠凛があたらずとも、物理的に会う事は可能のはずだ。
しかし、黒子の言葉を理解しているのだろう二人が口を開いた。

「真司っちは、知らなかったんスか」
「赤司は…烏羽の前でだけは変わらずいたのだよ」
「ああ…確かに、そうだったかもっスね」

真司だけ何も分かっていない状況に不安が大きくなる。
つまり、どういうことなのか。
揺れる瞳で黒子を見上げると、その小さな口が動いた。

「恐らくもう、君の知っている赤司君はいません」

聞いたところで、やはり真司には分からなかった。




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