黒子のバスケ

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〇ウィンターカップ予選(第81〜107Q)



今年、最後の挑戦となるのが冬に行われるウィンターカップ。
これから始まるのはその予選、ウィンターカップへの出場権を得る為の試合だ。


「おはよう、テツ君」
「こんにちは」

感覚の違いか、共に異なる挨拶を交わした当日の正午。
これから会場に向かうわけだが、二人は最寄りの駅から待ち合わせをしていた。
何となく、一緒にいたいという思いから連絡をしたのは真司の方だ。

「君から誘ってくれるなんて、珍しいですね」
「え、そうかなぁ?でも、一人で行くより心強いよね」
「そうですね」

隣を歩く黒子の表情は相変わらずその感情をあまり読ませない。
そのせいで少し不安になるのは、今は彼の心が知りたいから。

「えっと…とりあえず今日勝てば、その次からは決勝リーグで…勝ち点多い2校がウィンターカップに行けるんだよね」
「はい。ですが…難しいことを考える必要はないんじゃないですか」
「あはは、勝てば良いってことだしね」

インターハイで上位だった桐皇と洛山は既にウィンターカップ出場が決まっている。
それから別の県から海常、陽泉も決まっていると聞いた。

そして今回、東京代表を決める予選には秀徳が出てくる。
彼等と戦うには、今回勝ちウィンターカップへ進むしかない。
勝てば良い。勝てば、会える。

「…やっとだ…」

ぽつりと、無意識に歓喜の声が漏れていた。
認めざるを得ない、バスケを通じて彼等に会えることを期待している。

「烏羽君?」
「え、あ、ごめん。緊張してるのかな」
「珍しいですね。大丈夫ですよ、君はスタメンじゃないんですから」
「うわー、そういうこと言っちゃう?」

柔らかく微笑んだ黒子は、真司の言った“緊張”を解こうとしてくれているのだろう。
そんな小さな優しさすら愛しくて、とんと軽く触れた肩が心強くて。

「…テツ君」
「何ですか?」
「うん…、ふふ」
「烏羽君、やっぱり変です」

だからこそ、応えてはいけない。
黒子の素直な好意を、自分の汚れきった感情で潰してしまいたくなかった。

「大丈夫ですよ、誠凛はとても強いですし、今回は木吉先輩だっています」
「…あ、そっか、うん、そうだよね」

なんて、こんな大事な時にそんな事を考えていることも間違っているし。
真司はぶつかりそうな距離にいた黒子から少し離れて歩いた。
期待しちゃいけない、期待させてもいけない。

「よし!頑張ろうね、テツ君!」
「君は試合に出れるか分からないですけどね」
「それ言っちゃ駄目なやつ!」

黒子の背中をぺしんと叩くと、ふらりとよろけた黒子がむっと眉間にしわを寄せる。
黒子はそのまま真司を見つめて、「あ、そういえば」と呟いた。

「そんなことよりも烏羽君」
「え、何?」
「ちょっと時間やばいです」
「…え!?」

ちらと自分の携帯を見てみれば、集合時間まであと3分。
どうやら黒子の歩幅に合わせていたら、予定よりも遅くなってしまっていたようだ。

「分かってたなら早く言ってよ!走ろうテツ君!」
「え…無理です置いて行って下さい」
「走りたくないだけでしょ!」
「君の足について行く足は備えてません…」

ひ弱な事を言う黒子の手を掴んで走り出す。
こういう時の黒子は情けないけれど、試合になると強気なとこがいいんだよなぁ、なんて。
今更桃井が良く言っていた「あのギャップがいいんだよ!」が分かるような気がしていた。



・・・



結局少しだけ遅刻して少しだけ怒られて。
会場に入った真司達は新しいユニフォームに着替えていた。


「いい?試合数は少ない分、強豪校とばかりの試合になるからね」

試合前のぴりぴりとした空気は久しぶりだ。
それが楽しい気がするのは、やはりこの舞台を待っていたからだろう。

そんな感じで気分が高揚している真司の横で、更に頬を緩めている男が一人。

「木吉先輩はずいぶんと顔が緩んでますね」
「ん?わかる〜?」
「いや、分かりますよ」

公式の試合は久しぶりなのだろう、木吉の顔はへらっと緩みきっている。
それでも頼りになるのは、この人の強さを知っているからか。
真司は何となく手を伸ばして木吉の頬を摘まんだ。

「お?」
「いえ、特に意味はないんですけど」
「日向!見てくれ!烏羽がオレにちょっかい出してきたぞ!」
「烏羽やめろ、コイツが更に調子にのる」

木吉の嬉しそうな声に対し、日向は息多めに返す。
そうは言われたものの、真司は摘まんだ頬をもう少し引っ張ってみた。

「ひててて、何だよ烏羽〜」

触ってみて実感したが、木吉の背はやっぱり高い。
顔を触るだけでも手をずいぶんと上に伸ばさなければならないなんて。
木吉はどんな事をきっかけにバスケを始めたのだろう。
まさか紫原みたいに背が高かったから…じゃないだろうな。

とか考えていた真司の体は、ひょいと木吉によって持ち上げられていた。

「え」
「可愛いなぁ、烏羽は」
「だー!ほらもう言わんこっちゃねぇだろが!」
「ちょっとアンタ達、緊張感なさすぎよ!」

なんだこれは。
と突っ込む間もなく、木吉はしっかりと真司を抱き込んでいた。
大きな手が真司の頭を撫でまわす。

「そういえば…木吉先輩の手ってすごく大きいですよね」
「ん?比べてみたいか?ホラ」

と、頭を撫でていた手が真司の目の前に差し出された。
片手で抱えられるその不安定さから、真司も片手を木吉の首に回して、片方を木吉の手に合わせる。
男と女…というより大人と子供。

「このくらい大きかったら…俺も木吉先輩くらい強くなれるのかな」
「何言ってんだ、大きさなんて関係ない。烏羽には烏羽の良さがあるだろ」
「そうですか?」
「あぁ」

その言葉とその声色と。
お父さんのような安心感に包まれて、真司は目を細めて笑った。

「お前の分まで頑張るからなー」
「よろしくお願いします」
「おう!」

どうやら木吉は、自分が帰ってきたおかげで真司の出番が減ったことを分かっているのだろう。
勿論それに対して文句を言うつもりも、不服でいたわけでもないのだが。

「ほらもう行くわよ」
「おい木吉、いつまでそうしてんだ行くぞ!」
「このまま行こうなー烏羽ー」
「え!?やですよ、下ろして下さい!」

そんなこんなで始まったウィンターカップ予選。
まったりとした空気は、控え室を出て体育館に入れば、すぐにがらりと切り替わった。


夏の活躍から誠凛はかなり注目を集めていたが、木吉の存在は更に誠凛の強さを引き上げていた。
火神の圧倒的な跳躍力。黒子のパス回し。
そして木吉のオールマイティな技術。

センターでありながら、ポイントガードのパスセンス、そして大きな手だからこそ出来る“後出しの権利”。
シュートに行くと見せかけてパスを出せるその技は、確実に敵を翻弄した。


そして。今日の試合で、誠凛、秀徳、泉真館、霧崎第一の4校が決勝リーグへと駒を進めた。





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