黒子のバスケ

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〇ストバスとその後(第75〜80Q)




思っていたよりも大きな会場に、活気あふれる人達。
真司は一人きょろきょろと落ち着きなく周りを見渡していた。

わざわざ家に寄ってまで声をかけてくれた部員達。
黒子を避けるような行動に出てしまった自分への負い目もあって、足早に人の隙間を通り過ぎる。
ここまでの規模だとは思っていなかった。辿り着ければ合流出来ると思っていたが、案外難しいかもしれない。

「…連絡…は…」

携帯を手に取って、表示した名前を見て手が止まる。
一度断った手前、何となく言いづらいというか。
連絡してしまえば早いだろうが、真司は静かに携帯をポケットへと戻していた。

「なんでこんなドキドキしてんだよ、もう…」

黒子と顔を合わせるのだと思うだけで緊張する。
早く会いたいけれど、でもまだ会いたくない。柄にもなく心の準備が、なんて思いながら、真司は視線を足元に落とした。

「はぁ…」

自分の優準不断さにため息が出る。
そんな気持ちを誤魔化すように足元にあった小石を蹴っ飛ばして、受付を通り過ぎようとした時だった。

大した力など入れてなかったが、真司にはサッカーの才能が眠っていたのかもしれない。
小石はそれなりの勢いをつけたまま、前から来ていた人の足にこつんとぶつかってしまった。

「おっと」
「あっ、すみません!」

あっという間に虚しさやら苛立ちのような感情は吹き飛び、真司の内心は焦りで満たされた。
というのも、ストバス会場なのだから仕方ないのかもしれないがその人は背が高く…何やらかなりのオーラを持っていたからだ。

「い、痛くないですか、怪我は…っ」
「ああ、大丈夫だよ、驚いただけだから」

柔らかい声。
怖い人ではない、らしい。真司はおずおずと顔を上げて、その人の顔を視界に入れた。

「…」
「…?」
「…」
「えっと、オレの顔に何かある?」
「っ!」

思わず言葉を失って見つめてしまう。なんて事になるほどの美しい容姿がそこにあった。
もしかしたらかなり好きなタイプの顔かもしれない、なんて思ってしまうくらい。

「す、すみません、その…見惚れてました…」
「え?はは、面白いことを言うんだね」

口許に手をやって笑う姿もかなり様になる。
黄瀬もかなりのイケメンだがこれは何か違う品のあるイケメンだ。
真司は先程とは全く違うドキドキに襲われて、頬を伝った冷や汗を拭った。

「ところで君はもしかしなくても迷子?」
「は…え、」
「あぁいや、違ったなら良いんだけどね。何か探しているように見えたから」

迷子のつもりはなかったが、似たような状況なのかもしれない。
真司は迷いながらもゆっくりと首を縦に振った。

「そうか…なら、見つかるまで一緒に来ないか?これから試合があるんだ。君のチームも参加しているなら、どこかで当たるかもしれないし」
「え、でも…そんな」
「あぁでも、君のチームが強ければ、の話だけどね」
「っ、なら、問題ないです!」

咄嗟に大きな声で反論してしまい、その人はふふっと愉快そうに笑った。
今のはガキ過ぎた。恥ずかしくなって俯けば、とんと背中を手のひらで押される。

「オレは氷室辰也って言うんだけど…君は?」
「あ、烏羽です。お、お世話になります」

自然と導かれるように歩き出し、真司は小さく頭を下げた。

真司よりは高いが、良く知る大きな人と比べれば然程首は痛くない。
そこまで高くない位置にある綺麗な顔にまた見惚れそうになって、何故か彼の表情が固まっていることに気が付いた。

「…?あの、何か…?」
「烏羽…いや、オレのチームメイトがよく…」
「え?」
「ごめん、その眼鏡、とってもらっていいかな」

氷室、と名乗ったその人は、何を思ったか真司の眼鏡に手を伸ばしてきた。
そういえば、バスケの会場に来るというのに焦りからか眼鏡を外し忘れていた。
不思議に思いつつも、拒否する理由もなく眼鏡を外せば、すぐに前髪をかき分けられて。

「Cute…」

ぽつりと聞こえてきた英語に驚く間もなく、がしりと肩を掴まれていた。

「もしかしなくても、君が“烏羽ちん”かい?」
「は、え…え…!?」
「眼鏡をしていれば鈍臭そうなのに、凄く可愛くてライバルが多い“烏羽ちん”」
「ちょっと、待って下さい、貴方は」

もしかして、もしかしなくても。
真司をそんな風に呼ぶ人は一人しか知らない。

「敦の大好きな子だね?」
「紫原君のチームメイト…!?」

互いの言葉が重なって、途端に胸の奥がざわつくのを感じた。
紫原は東北の方の高校に行くと聞いていた。だから、会うのは無理だと思っていたし、それこそ試合でしか会えないだろうと諦めていたのに。

「ま、まさか紫原君も来ているんですか…?」
「いや、これからここで会う約束をしているんだ。あぁ…敦も喜ぶよ」
「…っ、そ、…そう、でしょうか…」

自分の事かのように微笑んでいる氷室に対し、真司はきゅっと唇を噛んだ。
忘れもしない、紫原と会話を交わした最後の日。
思い出すのは、素直になれなかった自分に対する後悔ばかりだった。



・・・
・・



「烏羽ちん、やっぱ黒ちんについてくんだ」

ぼそりと隣を歩く紫原が呟いた。
卒業を間近にひかえたその日、真司は紫原と共に帰路を歩いていた。
部活もなくなって、会える回数が減った、それを補う時間が欲しかったのだ。

「ついて行くっていうか…このまま会えずにサヨウナラなんて嫌だし」
「ふーん。オレとはサヨウナラでもいーんだ…」
「そういうわけじゃないけど…。紫原君、テツ君のこと心配じゃないの?」
「べっつにー。黒ちんなんて興味ねーし」
「そ、んな言い方…」

紫原が遠くの学校に行くということは知っていた。
どうしてわざわざそんな場所に行くのかと問いかけたところ、「赤ちんがそうしろって言うから」だなんて。
自分の意志はそこにないらしい。

「最近、烏羽ちん黒ちんのことばっか。すげームカツクんだけど」
「っ…皆がテツ君の心配しないから、俺がしてんじゃん」
「はぁ?何それ、意味わかんねー」
「なんでよ、俺はまた皆で…っ」

少し前のように、また皆で一緒にいたいだけなのに。
皆はそう思わないのか、誰も真司に同調してはくれなかった。

「皆?皆って何?オレは烏羽ちんがいればいいし」
「…そんなん楽しくないよ」
「あーもう、烏羽ちんうるさい。烏羽ちんはいっつも赤ちん峰ちん黒ちん…」
「っ、」

その理由が、彼等の思いと真司とに差があるからだという事は分かっていた。
咄嗟に言い返せなかったのも、図星だったからだ。
自分の中での優先順位は何となくあって、それに触れられたくなかったから。

「でも烏羽ちんって、赤ちんの事好きとか言いながら全然分かってないよね」
「わ、かってない…?何それ、どういう事」
「中途半端に首突っ込むから、みーんな中途半端じゃん、烏羽ちん」

言い返せなかった。
言い返せなかったし、言葉に出来なかった。
紫原のことは本当に好きだ。その気持ちに偽りはない。
だからこそ、こうして突き放されるような言い方が悲しくて、虚しくて。でもそれ以上に悔しかった。

「なんでそんな酷い事言うの」
「はぁ?酷いのは烏羽ちんじゃん」
「っ…もういい、ばいばい紫原君!」

隣を歩いていた紫原の胸をどんと押して、振り返らずに足早に歩く。
腹がたったんじゃない、明らかに自分が間違っているのに泣いてしまいそうで、それを見られたくなかった。
悔しくて、悲しくて、どうしようもない思いに触れられたのが痛くて。

「烏羽ちんのバーカ!!」

後ろから聞こえてきた声に、振り返って言い返すことも出来なかった。
震える肩に気付かれないように、前を向いたまま口元を覆う。

でもまさか、それ以来紫原と話す機会も仲直りする機会もないとは思っていなかったのだ。





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