黒子のバスケ

□氷
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〇木吉の恋人男主




からん、と音を鳴らすコップを片手に、咲哉はくつろぎ背中を壁に預けていた。

快適ではない部屋。それもそのはず恋人の家は少し風情をも感じる平屋だ。
窓を開けて、微かに入ってくる風は生ぬるく、扇風機によって作られる風も決して気持ちの良いものではない。
だから今手に持っている冷えた麦茶にすら、咲哉は幸せを感じていた。

「咲哉、お前良い顔するなあ」
「ん?」
「麦茶、そんなに好きじゃないとか言ってたよな」
「おい、それ覚えててこれ出したんかよ。って、まあこの暑さじゃ何でも飲むけど?」

木吉鉄平、大柄な男は構わず咲哉の横にどっしりと座った。
暑苦しい、そう訴えるべくべしと彼の腕を叩き距離を取る。
きょとんとした顔は、何もわかってないらしい。

「ん?」
「え、何?」
「どうして離れるんだ?久しぶりに二人きりになれたのに」

ほらやっぱり。
咲哉は爽やかな顔をした17歳のおっさんみたいな男に、思わずコップを床に置いてその手を彼の頬にぶつけた。

「お、おお?」
「鉄平、お前にはこの扇風機で適温かもしれないけどな、俺の部屋にはクーラーっていう時代の進歩があるんだよね」
「おお」
「暑いからくっつくなって言ってんの」

咲哉のコップを持ち冷たくなった手にびびらせるつもりが、木吉を驚かせるには至らなかったらしい。
それどころか、恋人の手が頬に触れたのが嬉しかったのか、目を細めて咲哉を見つめてくる。
そのまま近付いた顔に、咲哉は背中を逸らせて睨み付けた。

「…俺今くっつくなって言ったの、もう忘れてない?」
「忘れてない。から、どうやってくっつこうか考えてるぞ」
「考えてるぞ、じゃない。考える余地はないはずなんだけど?」

それでなくとも男二人でむさくるしいことこの上ないってのに。
咲哉は呆れ混じりのため息をつき、手をすっと引っ込めた。

「あ…咲哉、これ水滴が」
「ん?あ、悪い」

ほんのちょっと手を離しただけなのに、コップの周りは水滴がまとい、床を濡らしている。
咲哉は慌ててそれを手に取ると、自然と最後の一口ついでに氷を口の中に運んだ。

「咲哉」
「え、な、何…」

口から離すと同時に、コップは咲哉の手を離れた。
コップの行き先は木吉の手の中。呆然とする咲哉に対し、木吉はにこにこと笑っている。
嫌な予感。を感じている間もなく、やっぱり近付いてきた顔は徐に咲哉に口付けた。

「っ!?」

それは、ただの口付けじゃなかった。
口内で氷が、木吉との間で生まれる熱に溶かされていく。
溢れる水が飲み込めなくて、息苦しさに開いた口から溢れ落ちた。

「ん、ん…んん…!」

それでなくとも暑さでそこそこ疲労していた体は、顔が離れるなり床にぱたりと倒れる。
からからとコップを揺らす音を耳にしながら、咲哉は息をついて目を閉じた。

「咲哉ー」
「なあんだよ…」
「好きだ」
「はあ?…うわ!?」

突然服が胸の辺りまで捲くられ、咲哉は咄嗟に閉じたばかりの目を開いた。
そしてすぐに襲ってくるのは、ひやりと冷たい感覚。

「鉄平、お前何し…っ!?」

咲哉の目に映ったのは、咲哉胸を手のひらで撫でている木吉。
けれど、恐らく、いや間違いなく。
木吉はその手の内側に、コップから取り出したのだろう氷を握っている。
熱いはずの木吉の手のひらが咲哉を撫でる度に冷たくなるのがその証拠だ。

「これなら涼しくなるだろ?」
「こ、れは涼しいじゃなくて冷たいだろ!」
「でも暑くない」
「ばっ…服とか濡れる!てかくすぐった、あ」

咲哉の体温でその氷は溶けて肌をつたっていく。
慌てて起き上がろうとすれば、大きな手は咲哉の肩を掴み、胸に舌を這わせた。

「っ、なんでそんな、急にスイッチ入ってんだよお前ー…」

舌が少し冷たいのは、咲哉との口付けの間に氷に触れたからだろう。
それを少しでも気持ち良いと思ってしまった咲哉は、自然にもぞと足をこすらせた。

「はっ…」
「咲哉?」
「ん…やばい、かも」

不本意だ。だが二人きりという状況に期待しなかったわけでもない。

「咲哉、やらしい顔してるな」
「ん…誰のせいだよ」
「オレか」
「そーだろ」

そう返すと、木吉は優しさ溢れるその顔で、更に優しく微笑んだ。
男らしい手。咲哉を撫でる大きな手が好きだ。

優しい笑顔の奥にある強い意志も、こうやってすぐ欲をぶつけてくるところもまあ嫌いじゃない。

「…ああ、そういえばご無沙汰?だな?」
「は…」
「窓閉めるか」

しかし、冷静にものそと体を起き上らせた木吉に、咲哉ははっと思い出してその腕を掴んだ。
窓に伸ばされるはずだった手を止められ、木吉は不思議そうに咲哉の手を見下ろしている。

「窓を閉めるって?」
「だって、咲哉いつも嫌がるだろ?」
「うん、いや、そうだけどな、そうなんだけど」

咲哉声大きいしな。
なんて笑いながら言う木吉は再び腕を伸ばしかけ、咲哉はがばと上半身を起き上らせた。

「おいばかやめろ!死ぬってホントに!」
「ん?」
「ん?じゃない!」

やっぱ止めだ!そう叫べば、木吉は不服そうに唇を尖らせる。
いそいそと捲れた服を戻すと、溶けた氷がしっとりと染みて少し風が気持ち良く感じられた。
けれど話は別だ。

「したくないのか?」
「し…。クーラー、設置しろよ」
「ええ…それはたぶん無理だ…」

悲しそうに眉を寄せた木吉の手は、窓から咲哉の方へと方向を変え、ぎゅっと背中に回された。
だから暑いっつってんのに。でも、これくらいならまあいいか。

咲哉は結局流れる頬の汗を拭って、木吉の分厚い胸に頬を当てた。





2015/08/01

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