黒子のバスケ

□高尾君と保健室の先生
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○第一話、一目惚れ



秀徳高校バスケ部。
その日も普段と何ら変わりはない、いつも通りとはいえ激しい練習をしていた。


「いっつー…やべぇ、やっちまったかも…」

そんな中、いつも明るくむしろ煩い程の高尾和成が、よろよろと体育館の端へと移動して行った。
片手で押さえるその場所は、足だ。

「高尾、どうした」
「あー真ちゃん…やっべー、足ひねっちった」
「馬鹿みたいに飛び跳ねているからなのだよ。さっさと保健室に行って来い」
「はーっ、さすが真ちゃん今日もツンが冴えてんねぇ」

額を押さえて笑っているものの、足の痛みはあるのだろう眉が引きつっている。
緑間は少し眉を寄せて、さすがに心配そうに高尾を見下ろした。

「…ついて行った方が良いか?」
「そこまで酷くねーよ。悪ィけど大坪サンに言っといてくんね?」
「あぁ」
「サンキュー」

主将である大坪は今忙しそうに目を部員に向けている。
怪我の事を見られ、心配かけるような事はしたくない。
そんな思いから、高尾はひょこひょこと痛みを覚える足を押さえながら、逃げるように一人体育館を出て行った。


「…はぁ、結構無茶しちまったかなー…」

汗を腕で拭い、壁寄りをゆっくりと歩いて行く。
高校生になって、保健室に行くような事態になるのはこれが初めてだ。
保健室の場所がうろ覚えである程度には利用していない。

「お、あったあった」

扉の横にかけられたプレートを呼んで、高尾はふうと一息ついた。
やんちゃだった小、中学生の時は何かと世話になった気がする保健室。
高尾は多少の緊張を感じながら横に扉を動かした。


「失礼しまーっす…」

がららと音を立てて視界が広がる。
高尾はその思っていたよりも広い保健室に目を開いて、それから誰も見えないことに不満を覚え唇を尖らせた。

「ちょえ…先生はー?すませーん」

扉を閉めてゆっくりと足を進める。独特な薬品のニオイは大して嫌いではない。
先生が座るのであろう椅子と、誰かが来た時に座るのだろう椅子がいくつか見える。

ふと、開かれた窓から入る風が白いカーテンを揺らして、その向こうにあるベッドが高尾の目に入った。

(誰か寝てる…?)

ちらっと見えたのは髪の毛、と思われるもの。
高尾はリズムの崩れた足音を鳴らしながら白いカーテンに近付いた。


風が吹いて、カーテンと髪の毛が揺れる。
高尾はそこに眠る人を見た瞬間、思わず息を止めていた。

「……まじ…」

黒いカットソーと長ズボン。脇に白衣が脱ぎ捨てられているあたり、ここに眠る男が保健の先生なのだろうと高尾に予感させる。
ただ、眠る横顔がかなり綺麗で、痛みが一瞬吹き飛んでしまう程に惹き付けられていた。

「あ…あの、先生…?」
「ん…」
「寝てるとこ悪いんですけど…起きてもらえませんかねー…?」

恐る恐る、手をその男の肩に乗せて揺らす。
すると男はパッと目を開き、それからがばっと上半身を起き上らせた。声をかけてからわずか5秒だ。

「あぁ…ごめん、起こしてくれて有難う」
「い、いえ…。あの、部活で足痛めちゃって、見て欲しいんすけど…」
「ちょっと待ってな。あ、そこ、椅子座って」

寝ていたところを生徒に見られたというのに焦る様子は無い。起きるのこそ早かったが。
良くあることなのだろう、高尾は何気なく思いながら、白衣を着た先生の指さす椅子へ腰かけた。

「どういう状況で痛めたの?」
「あ…えっと、バスケ部なんすけど、ジャンプシュートから着地した時に」
「今日、突然?予兆とかは無かった?」
「そっすねー…情けないことに着地失敗したっぽくて」

すらりとした後姿。恐らく高尾よりは背が高いか、同じくらいか。
くるっと振り返ったその人はやはり穏やかで優しそうな、それでいて綺麗な容姿をしていた。

「じゃちょっと失礼…」

高尾の目の前で先生がしゃがむ。その手は高尾の足に優しく触れていた。

「…、」
「痛かったら言って。少しずつ移動してくからね」

優しい話し方だ。高校の保健の先生というよりは、小学生を相手にしているかのような。
それで嫌な気がしないのは、やはりその雰囲気と合っているからか。

「…ね、先生、名前なんて言うの?」
「え、僕?鈴木咲哉」
「年齢は?格好いいし、女子生徒から人気あるっしょ?」
「歳は今年31。こんな三十路男、女子高生は興味ないだろ」
「いやいやいや…あ、そこちょっと痛い」

咲哉はそれから数か所高尾の足を軽く押して、一人こくりと頷いた。

「着地した時に捻ったんだね。暫く安静にしていればすぐに良くなるよ」
「そっか、良かったー…」
「とはいえ安心しちゃ駄目だからな。良く冷やして」

そう言いながら、咲哉は立ち上がると冷凍庫を開けて氷を取り出した。
袋に氷が詰められ、がらがらと心地の良い音が聞こえる。

「先生、恋人とか…妻とかいる?」
「残念ながらいませんよ。当て付けのように皆それ聞いてくるけど、おっさんのそんな事聞いてどうするんだ?」
「っつか先生おっさんじゃないっしょ」
「高校生がよく言うよ」

咲哉は話ながら用意した氷のうを高尾の足に当てた。
ひやりとした感覚は次第に足の痛みをその痛みで隠して行く。

しかし、その痛みをも忘れる程、高尾は自分より低い位置にある咲哉をじっと見下ろしていた。

「そういう君はどう?モテるだろ」
「いやー、オレは無いっすよ。あ、オレ、一年の高尾和成です」
「高尾君、ね。一応言っておくけど無理は禁物だし、今日はもう部活しちゃ駄目だよ」
「分かってまーす…」

優しい手つきでテーピングが巻かれていく。
その様子を見ていた高尾は、男の保健の先生ってのもいいもんだと今まで思う機会など無いことを考えて。
それからゆっくりと立ち上がり一歩確認するように踏み出して、心配そうに眉を八の字にする咲哉に頭を下げた。

「有難うございました!」
「また痛くなったらおいで。勿論、元気な姿を見せてくれた方が嬉しいけど」
「へへ、じゃあまた来ます」
「あ…寝てたらごめんね」

やはり基本的に寝ている人なのかな。
高尾はぷっと笑ってから、「じゃあ」と告げてその場を後にした。

歩くその足は、まだ痛むもののかなり楽になっている。
それ以上に、下がっていた気分が舞い上がっているのは、確実に先生の効果だ。

「鈴木咲哉センセ…」

また訪れる日は近いだろう。





2013/09/13
本編とは全く関係のないシリーズ。
歳の差って好きなんです。
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