Junk置き場

□鬼崎拓磨
1ページ/1ページ

※緋色の欠片、珠紀兄


今日が彼の誕生日。そう知ったのはその当日からさかのぼって1日。そんな直前に耳にして、当然手元には何もなく。

ぐるくると過去の記憶を巡らせて彼への贈り物を探すが、残念ながら共に過ごした時間すら大してないことに気付いてしまった。


「はぁ…」
「お兄ちゃん、何か悩み事?眉間のしわ、何かすごいことになってるけど」

部屋の隅でころんと転がっていると、顔にかかった影が覗きこんできた。
さらりと長い髪が北条の顔をくすぐって、午前中ずっと預けていた畳からようやく起き上がる。

「珠紀…。おれ、どうしたら良いのか分からないんだ」
「え、本当に悩み事なの?話し聞かせて!」

ぱっと嬉しそうに笑ったのは、血の繋がった妹。兄の悩みに嬉しそうにするのは、そんな話をしたことが嘗て一度もないからだろう。
兄妹なんて言っても、まともに兄妹らしいことはしたことがないのだから。

「今日…5月11日」
「今日?何かあったっけ?」
「ほら…鬼の…拓磨の誕生日」
「え!?そうだったの!?」

知らなかった、と衝撃を受けて頭を抱えてしまった珠紀は、まさに昨日の自分に重なる。

「おれ、拓磨が何を欲しているのか…分からないんだ」
「そ、え、あ、それをずっと考えてたの?」
「そうだよ。悪かったな、女々しくて」

有名なフレーズとメロディーが頭を過りそうになり、北条は左右に首を軽く振った。

そう、彼の為に何か。午前中潰すほどに考えて悩む北条はかなり女々しい。女々しくて、女々しくて。それでも何かしたいのだ。

「拓磨が欲しいものかぁ。私も皆のこと詳しくしってるわけじゃないしなあ…」
「誕生日も知らなかったもんな」
「お兄ちゃんも」
「そう…なんだよな…」

友人、などという軽い関係でなく。家族のように確かな繋がりがあるわけでもない。
それでも深い何かで繋がっていたのが珠紀とその守護者逹。

そこに勝る関係は北条と拓磨の間には存在しない。
恋人という薄っぺらいものが出来たばかりだ。そんな兄の過ちを珠紀は知っている。

「別にいいんじゃない、何もなくても」
「…でも」
「一緒にいれることが…何よりも尊くて幸せなことだよ」

一度本当に死を覚悟した。死と隣り合わせで生きてきたからこその言葉だ。

「違う…いや、違わないんだけど、それじゃおれが嫌っていうか。それだけじゃ、拓磨へ返しきれないんだよ」
「お兄ちゃん…」
「拓磨は結局全部…おれも珠紀も皆みんな守ってくれた人だから」

珠紀はうーんと唸り声を上げて、それから北条の横に腰を下ろした。

「かたく考え過ぎじゃないかな」
「…でもおれは拓磨にもっと伝えたいんだ。ありがとう、おめでとうって」
「そういうことは直接言ったらどうだ?」

北条と珠紀の肩が同時にびくりと震えた。
急に割り込んできた低い声は、この家にあるはずのない声で。ギギギ…と鈍い音でも鳴りそうな程ゆっくりと首を動かす。

「た、拓磨…なんで、ここに?」

襖の向こう側でこちらを覗いているのは、たった今話題にしていた当人。
その拓磨は悪びれる様子もなくずかずかと部屋に入って来た。

「通りかかったから寄った」
「そ…」
「珠紀、こいつ借りてくぞ」
「どうぞ!」

拓磨の手が乱暴に北条の手を掴みとる。
大きな手。最後まで珠紀も他の守護者も北条も守り抜いた手だ。

「ま、待ってよ拓磨、おれまだ…」
「だーかーら、いいから来いっつの」
「はい…」

ばたばたと拓磨に引っ張られ、よろけながら玄関までたどり着いて。靴を履くとようやく腕が解放されていた。

しかしここまで来たらもう諦めるしかない。
北条は小さな声で行ってきますと告げてドアを開けた。


晴れた空の下、掴み取った平穏。
穏やかな鳥の声に誘われて歩き出すと、横に拓磨が並んだ。

「適当に歩くぞ、ほら」
「あ、うん」

差し出された手を今度はちゃんと掴む。
握られた手とその体温に安心するのは、まだ時折生きていることに疑問を感じるからか。

ゆっくりと歩き出した二人に行き先はなく。ただ見慣れた景色が通り過ぎていく。

「まだ、何か不安なのか?」
「…ううん。不安なんてないよ、むしろ満たされてる」
「じゃあ、何うじうじ考えてたんだよ」

じっと横を歩く拓磨が見つめてくる。それに恥ずかしさを感じながら、北条は視線を下に落とした。

何って、そりゃあ拓磨のことで。何あげようかとか、何をすれば喜ぶのかとか、実際大したことないことだとは分かっている。
それでも、彼が喜ぶことを何一つ知らないことが悲しいのだ。

「拓磨に、できることないかなって」
「何だ急に」
「拓磨に伝えたい気持ちは、どうしたら伝わるかなって」
「…よく分からん。つまりどういうことだ、それは」

つまり。
伝えきれない程に大きすぎるこの思いを如何にして伝えるか。
これ以上分かりやすい言葉には変えられない。

北条は足を止めて真っ直ぐに拓磨を見つめた。視線だけで伝わればどんなに楽だろう、なんて途方もないことを祈りたくなる。

「…北条、オレの欲しいもんは全部手に入ってる」
「え?」
「これ以上、望むものはない」

仕返しと言わんばかりに、拓磨が意味の分からないことを語り始めた。
つまり、どういうことだ。

「お前が、オレの為に何かしようとか思う必要ないから」
「…なんで?」
「まだオレに言わせんのか?」

分かりやすくため息を吐いた拓磨の手が北条の頭に乗せられた。

ぶっきらぼうに頭を撫でる。その手がどれぼど傷ついてきたか、北条は知っている。
その手がどれぼど救ってきたかも。殺してきたかも。

「…難しいこととか、いらないんだよ。堅苦しく考える必要もない」
「…」
「こうしてお前といられることがオレにとって…一番の幸せだから」
「…嘘だ」
「お、まえなぁ…」

今度こそ完全に呆れきったように拓磨は自分の頭をかいた。

それから何を思ったのか手に持っていた紙袋の中を漁って。取り出したものを北条の口に突っ込んだ。

「…!?」
「好きなものを好きな奴と食う。これ以上のことがあるか?」

そう言って拓磨は同じものを自分の口に運び、美味しそうに頬張った。
甘いあんこの味が口に広がる。拓磨が良く好んで食べているタイヤキだ。

「じゃあ、拓磨…今、幸せ?」
「馬鹿、さっきそう言ったろ。幸せだって」
「…そっか」

それでいいんだ。これでいいんだ。
北条は目の前にそびえ立つ学校を見上げ、ふっと体の力を抜いた。


「拓磨、貴方がいて良かった」
「ん」
「貴方の誕生を、心から祝うよ」

苦しかった過去も、これから起こり得る苦痛も、隣に彼がいれば怖くない。

「生まれてきてくれて、おれを選んでくれて有難う」
「堅苦しいのはいらん」
「…誕生日おめでとう、拓磨」

それでいい。そう微笑んだ拓磨は言葉通りに幸せそうで、北条の心もぱっと晴れ渡った。

今年初めて、これから訪れる一年が楽しみで仕方ない。
来年、そして再来年。次もまた次も。ずっと隣で同じように祝いの言葉を継げるのだろう。

未来は確かに繋げられたのだから。





2013/05/11


これも本当はシリーズとして書きたい奴です。
珠紀の双子の兄。生贄として死ぬ為だけに生かされた少年。
でもシリアス難しそう、ゲームがいとこに貸したきり返ってこないという理由で…


完全に自己満足で書きました。
読んで下さった方には感謝を。有難うございました。

嘗て表に置いていましたが恥ずかしくなって封印したものです。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ