Junk置き場

□橘真琴(シリーズ主)
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〇付き合いを始めた二人




人生が変わった夏を超えて、颯希の生活はあっという間に受験モードへと戻っていた。
冬の訪れに、纏った制服の袖をきゅっと握り締める。
午前の授業が終わるまであと30秒。メールの通達を示す携帯を開いて、颯希は頬を緩めた。

『今日は少し暖かいので、屋上に皆で集まります』

窓際で少し寒さを感じていたが、外は然程寒くないらしい。
チャイムが鳴るなり鞄からコンビニの袋を取り出して、颯希は屋上に行くために教室を後にした。
部活に出られなくなってからというもの、彼等との時間は著しく減っている。
だからこういう誘いは、いくら忙しい身であっても嬉しいものだった。




「あ…っ、颯希さん!」

とっとっと軽い足音と共に、爽やかな声が颯希を呼ぶ。
ドキッとしながらも平常心を保って振り返ると、声に見合う爽やかな顔が颯希に近付いてきた。

「すれ違わなくて良かった!」
「あれ、もしかして迎えに来てくれた?」
「はい。えへへ、早く会いたくて」

元々穏やかで優しい顔をした彼の頬が緩み、颯希の目に増々可愛らしく映る。
年上である颯希より背の高い彼の横に並んで、颯希は頬を赤らめて俯いた。

岩鳶高校2年、水泳部部長の橘真琴。彼との関係が始まったのは数か月前。
出会って長くないからこそだろうか、日々愛しさが膨らむことに困っているのは颯希自身だ。

「…颯希さん?」
「ん、なんでもない。屋上行こう」
「はい」

真琴の周りがキラキラと輝いて見える。それどころか花が散らばって見える。
駄目だ重症だ。颯希は首を横に振ってから、気合いを入れるかのように、ふっと一度強く息を吐き出した。

「もしかして、疲れてたりします…?」
「え?いや、大丈夫だよ?むしろ真琴君に会って、すごくテンション上がってるし…」
「そうは見えませんけど…」
「ほら、そうやって、顔近づけないでよ」

小さな妹弟がいるせいか、背の低い颯希に対しても真琴は少し高さを合わせてくる癖がある。
ということに気付いたのもつい最近のこと。
気付いてからというもの、この距離に妙な恥ずかしさを感じている。

照れ隠しに真琴から離れるように歩き、颯希は先に屋上の扉に触れた。



「あー!颯希ちゃん先輩きたー!!」

真っ先に声を上げたのは渚だった。
それからすぐに怜が顔を上げて、「お久しぶりです!」と言って礼儀正しく頭を下げる。
遙も相変わらず口数少ないが、ぺこりと小さく頭を下げた。

「久しぶり?かな?一週間ぶりくらい?」
「あー…もうそんなになるかな」
「受験勉強大変?大丈夫?」
「やめてよ、ここに来てまでその話するの。大丈夫だよー」
「ふふ、颯希ちゃん可愛い!」

普通なら気を遣うだろう話題をずかずか言ってくる渚の頬を摘まむ。
すると渚は怯むどころか颯希の首に腕を回してぎゅーっと抱き着いて来た。
こういう、彼の先輩後輩だとか気にしない、というか遠慮のないところには逆に救われている。

「ああもう、渚君。君はもう少し先輩に対して…」
「怜ちゃんは気にし過ぎだよ!やじゃないよね、颯希ちゃん?」
「え、まあ…」
「ほら皆、とりあえず落ち着いて座ろう?」

真琴のなだめる声に、渚は「はあい」と不真面目な返事ながら、素直に颯希から手を解いて既に広げてあった弁当の前で座る。
颯希もふうっと息を吐いてから、渚の横で胡坐をかいて座った。

「あれ、颯希ちゃん、今日はコンビニ?」
「うん。もう面倒くさくて」
「あーあ、残念…」
「何勝手にもらうつもりになってるんだよ…」

じいっと颯希の袋を見つめて唇を尖らせる。
こういうところがまた可愛いのだが。
渚の額を小突きながらそんなことを考えていると、渚の後ろで真琴が遥の弁当を覗き込んでいるのが見えた。

「ああもう、ハル、またサバばっかり」
「駄目か」
「もうちょっとバランスよくしないと…いくらなんでも偏り過ぎだよ」

遙の好物はサバらしい。
それも朝昼晩食べても平気なくらい好きらしい。その噂通り、今日の弁当はサバ尽くしのようだ。

「別に、真琴には関係ないだろ」
「関係なくないよ。部長として健康管理もしっかりしないと、ゴウちゃんにも怒られちゃうだろ?」

微笑ましい光景、と少し前までは思っていたが、真琴は“ハル”が口癖なのではないかというくらい遙を気にし過ぎだ。
それが悪いとは思わないが、多少なりともきになる男心というか。

「…颯希ちゃん?」
「ん、何?」
「食べるの止まってるから、どうしたのかなって。やっぱり疲れてる?」
「あはは、大丈夫、ありがとね」

なんて、気にしても仕方がないことはもう分かりきっている。
颯希と遥とでは真琴と過ごした時間があまりにも違う。今更横に並ぼうなんてのが図々しいのだ。

賑やかな声に耳を澄ませて、一人ぱくぱくと昼食を口に運ぶ。
こんな時期に大好きな後輩たちと時間を共有できる自分は幸せ者だ。
そう思っているはずの颯希の表情はあまり浮かばれなかった。


「おーい、颯希ちゃん?」

ぼーっとしていると、渚が颯希を下から覗き込んできた。
はっとして顔を上げると、そろそろ教室へ戻ろうと準備する皆の姿が見える。

「あ、あれ?もう時間?」
「うん。颯希ちゃん、やっぱり疲れてたんだね、ごめんね?」
「なんで謝るんだよ。こっちこそ、情けなくってごめん」

コンビニの袋にゴミを詰め込みながら笑う。
ちゃんと笑えていただろうか自身が無い。それくらい、今も遙に寄り添う真琴が気になっている。

「そろそろ戻ろう」

全員に言うように少し声を張った真琴に、自然と従ってそれぞれ教室へ戻ろうと動き出す。
皆が出るのを待って最後に屋上を出るつもりだろう、立って様子を見ている真琴に、颯希は駆け寄るように近づき腕を掴んだ。

「、颯希さん?」
「あの、真琴君。帰り、教室で待ってるからね」
「…はい。部活終わったら迎えに行きますね」

皆に聞こえないようにこっそりと伝える。
真琴が嬉しそうに微笑みを返すから、それだけで颯希は救われた気持ちで胸を膨らませた。



・・・



放課後、数人残っていた生徒を少しずつ教室からいなくなり、気付けば一人となっていた。
人がいるときはまだ良い。しかし、一人になると寒さが際立って体を冷やす。

そういえば、こういう時期の水泳部は何をするのだろう、と颯希は視線を外に向けた。
温水プールにでも移動するのだろうか。
だとしたら、ここで待っているというのは真琴に手間をかけさせてしまうのではないか。

「…」

どうしよう。
どちらにせよ、ここに居座り続けるのは寒くて駄目だ。
颯希はいそいそと教科書を片付けると、かたんと椅子を引いて立ち上がった。

「あれ、颯希さん」
「うわっ!」

丁度教室を出ようとしたところ、颯希は人とぶつかって数歩後ろに下がった。
驚き顔を上げると、真琴が心配そうに眉を下げて颯希を見下ろしていた。

「ま、真琴君?」
「今日はミーティングだけで終わりにしたんです。で…颯希さん、オレが来るの分かったんですか?」
「あ、いや…寒くて、どっか移動しようと…」
「あっ、そうだったんですか。すみません、お待たせしてしまって」

もっと早く連絡すれば良かったですね。
そう言いながら、真琴の自然とこちらに伸びてきた手が颯希の腕を掴む。
距離が縮まり、ドキッとしたのも束の間。真琴は颯希の頬に手を当てた。

「ねえ、颯希さん」
「ん?」
「オレ…その、皆に先輩とのこと言おうと思ってるんです」

ゆっくりと、緊張した面持ちで真琴が話す。
それを何気なく聞き、その意味を理解した颯希は目を大きく開いた。

「え…それって…」
「颯希さんと…お付き合いしてるってこと」
「え…、え!?なんで!?」


男同士、堂々と付き合えないことくらい分かっている。
当然、今までだって部活を含め誰にも話していない。
颯希は真琴を見上げて首を傾げた。何か、不満があったのか、と。

「昼休みとか…せっかく時間とれても渚がべたべたするとこ見るだけで、ちょっと」
「渚君?」
「今日も、すごく仲良さそうだったじゃないですか。俺…結構、気になっちゃってて…」

照れ臭そうに、けれど少し不服そうに頬を膨らませて。
そんな真琴の態度に、颯希は思わず高い位置にある幅の広い肩を掴みかかっていた。

「真琴君…!」
「は、はい!」
「君こそいっつもいっつもハル、ハルって…!俺がどんな思いで見てたか!」

誰もいない廊下に颯希の声が響く。
それに自分で気付いて一度口を噤み、きっと真琴を睨んだ。
気になってたのはこっちだ。ずっと、ずっと届かない二人の関係に嫉妬させられていたのは颯希の方。

「え、オレまだそんなですか?」
「そうだよ!ずっと、真琴君にとっての一番は遥君、そんなの、わかってるけど…!」
「颯希さん…」
「まさか君の方がそんな風に考えてたなんて…」

お門違いも良い所だ。
颯希は真琴の肩からするりと分厚い胸板まで辿った手を止め、微かに伝わる鼓動に目を細めた。

「…はあ、悩んでたの馬鹿みたいだ…。そんなこと、言わなくて良いよ、真琴君」
「え、でも」
「俺も、もうちょっと頑張るから。遙君に負けないように」
「俺は…っ」

首を振る真琴に、颯希も首を横に振る。
最後まで聞いてと目で訴えると、真琴は不満そうにしながらも押し黙った。

「たぶん、俺達…言葉が足りてなかったんだね」
「…颯希さん」
「これからは、もっとちゃんと伝えるから」

きょとんと真琴が目を丸くする。
格好良くて、でも可愛い。
表情が豊かなところも、声色が素直なところも、全部好きだ。

「俺は、真琴君が大好きだよ」
「っ!」
「さ、寒いから、早く帰ろう」

言ったは良いものの恥ずかしくなって先に歩き出す。
寒いはずなのに、本当は込み上げる熱さの方が勝っているらしく、掌には汗が滲んだ。

「颯希さん…っ」

後ろから、慌てたようについてくる足音が近付いてくる。
珍しく、ちゃんと年上らしく振舞えただろうか。
男らしく、振る舞えただろうか。
颯希は隣に並んだ真琴の真っ赤な耳に気付き、手で覆った口元をほころばせた。






(終)


後日談として書いたものの、内容が薄くて放置していたものです。
ハイスピード、見ませんでした…


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