Junk置き場

□跡部景吾(長編夢主)
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〇長編男主




「…、うわ」

情けない声を上げて颯希はばっと顔を上げた。
あまり大きくない机の上に乗せたノートパソコン。
長々と続く同じ作業の連続に、疲れた体は自然と睡眠を求めていたらしい。

ずり落ちた肘を意味も無く眺めて、颯希はため息ついでに立ち上がった。
眠くなったら動く。コーヒーの一滴でも喉を通せば覚めるだろう。
なんて思いながら、自分のマグカップを手に取る。

「やっぱり部屋にポットの一つでも置いてもらおうかな…」

残念ながら部屋にこもっているだけではコーヒーは出てこない。
盛大な欠伸をかましつつ、颯希は重くないドアをゆっくりと押し開けた。

広いロビーにはドリンクバー的な設備がしっかりとされている。
そんな最新の設備には触れずに颯希はそこにあるレトルトの粉をカップに入れてお湯を注ぐだけ。
ちょっともったいない気がするけど。でも気にせずにポットに手をかけると、こちらに向かってきていた足音が横で止まった。

「あん?てめぇ、そんな安っぽいコーヒー飲む気かよ」
「……こんばんは、お疲れ様です跡部君」

今の今まで自主練をしていたのか、氷帝学園三年生の跡部景吾はしっとりとした髪と頬に伝う汗を肩にかけたタオルで拭っている。
彼の上から目線な感じにはようやく慣れた。

「安っぽいって…ここにあるものは全部そこそこいい物なんだけど」
「はっ、そこそこで妥協してんじゃねーよ」
「や…妥協してるとかじゃ…。ていうか、遅い時間までの練習はあんまり感心出来ないな」

お湯を注ぐはずだった手をカップから離し、自分の腰に当てる。
態度と裏腹に跡部はかなりの努力家だ。誰よりも、自分に厳しい。
それを知っているからか、どうにも嫌いになれないし、ちゃんと見ていてあげたくなる。

「跡部君、昨日も遅くまで練習してただろ」
「自分で自分の体調管理は出来てる。てめぇに言われなくてもな」
「そうかもしれないけど、俺は君のこと見なきゃいけないんだよ。もし何かあったら俺の責任なんだから」

最初なら腹が立っただろう言葉も横に流し、彼の手を掴む。
跡部の方も少し気を許してくれているらしい。最初なら払われただろう手は弾かれなかった。
腕に指を這わせて、先程まで負担をかけていたのだろう筋肉を解してやる。それも颯希の仕事だ。

「せっかく良い体してんだから…壊さないようにしないと」
「何年扱ってきたと思ってんだ。そんな管理自分で出来んだよ」
「はいはい…っと、さすがにここでやってちゃ邪魔だな」

飲み物を飲みに来たのだろう高校生が視界に入り、咄嗟に片手で自分の持って来たカップを掴む。
その瞬間何故か跡部の片手がその颯希の手を掴んで、意図したわけでなく互いの手を掴み合う形となっていた。

「…跡部君?どうかした?」
「コーヒー、飲むつもりだったんだろ」
「え?ああ、まあそうだけど。君にとっては安っぽいコーヒーをね」
「俺についてきな。もっと美味いのを飲ませてやるよ」

ぽかん、とする間さえなく。
ぐいと腕を掴んだまま歩き出した跡部に、颯希はふら付きながら足を踏み出した。

「ちょ、何、どうしたの本当に」
「ああ?」
「そんな、急に優しくされても、俺返せるものないんだけど…」

普段のきつさ故か、突然の優しさに頭は真っ白だ。
慌てて彼の歩幅について行きながら言うと、跡部はピタと止まってその大きな手のひらを颯希の頭に乗せた。

「この合宿で…てめぇから与えられる優しさに救われてる中学生がどれだけいると思う」
「…え、」
「既に与えられてんだよ。少しは返させろ」

そして軽くわしゃっと一撫でしてから離れていく。
年下の、けれど颯希より大きな体で大きな手で。
それは思いの外気持ちが良く、悔しいけれど颯希の背中を押してくれる心強い言葉。

「や…やめろよ…」
「ハッ、惚れていいんだぜ?」
「君に惚れるのは…苦労が多そうだから遠慮したいな」
「分かってんじゃねーか」

ははっと笑ってまた歩き出す彼に今度はしっかりついていく。
どこまでも出来た中学生だ、と熱くなる頭の片隅で思っていた。
生まれ持ったものだけではない。彼の体に、頭に備わる物は、たった十数年しか生きていないとは思えない程の経験。

「…跡部君は、自分の家からコーヒーメーカーまで持って来てんの?」
「俺様の舌に合うもんは少ねぇからな」
「さっすがお坊ちゃま…」
「他人事だと思ってんじゃねーよ。この合宿の間に、安いコーヒーなんて飲めなくさせてやる」

何気ない一言、いつも通りの上から目線。
けれど今は、許されているのだと実感出来るその言葉に、胸がじんとしていた。

「それはいいけど…ちゃんとマッサージさせてよ」
「ああ、てめぇの手は嫌いじゃねぇ」
「そう…」
「あからさまに照れてんじゃねーよ」

バァカ、と小さく罵られても全く嫌ではなくて、むしろ頬に集まる熱にどうにかなりそうだった。
認めてもらえたことが嬉しい。こんなにも、嬉しいだなんて。

「跡部君、有難う」
「早ぇよ。口に合うコーヒー見つけてから言え」

嬉しさに頭がふわふわしていたその時は全く気が付かなかったけれど、言葉通り跡部の名の書かれた部屋には数種類の豆が用意されていた。

決して肥えているわけではない颯希の舌ではそれぞれの良さ何て見抜けなかったけれど、どれもこれも跡部の手で淹れられたそれは今まで飲んだどのコーヒーよりも美味しかった。

そして明日も明後日も、足を運ぶことになる。
彼の優しさを求めて。




(終)



放置になっているテニプリ長編のリハビリとして書いたもの。
結局そのリハビリも放置になっていました。


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